以前、もう何年も昔――わたしは、そのヒトと出会った。
 まるでヒロイック・ファンタジーの主人公のように颯爽と現れ、しっかりとした眉毛をきりりとさせながら、わたしを振り返る。
「大丈夫か?」
 そう言って差し出された手のひらの大きさを、あたたかさを、わたしはずっと忘れられずにいる。


 母親とたどり着いたこの村は、とてもいいところだった。村人たちは優しかったし、外敵も少なく穏やかで、暮らすことそのものに不自由はなかった。
 けれど、子どもというのはとても残酷で、大人が親切や思いやりで表に出さないことを素直に突きつける。それだけならまだしも、時としてそれを元に攻撃してくることだってある。それも、集団で。
 あのヒトと出会ったのは、まさにそうしてわたしが攻撃をされているときだった。
 口々によそ者だと罵られ、次々に軽い暴力が振るわれる。
 よそ者だということだけで、なぜ、わたしは彼らに忌み嫌われなくてはならないのだろう。嫌われるだけでなく、どうしてこんなに痛い思いをしなくてはならないのだろう。
 痛くて、悲しくて、声を上げて泣きたくなったとき、そのヒトはわたしと彼らの間に割って入った。
「痛がってるだろ、やめてやれよ」
 村人たちはいいヒトたちだったけど、誰一人として、やめてやれ、と言ったことはなかった。遠巻きに眺めて、ああまたか、という顔をして目をそらすだけ。
 それを、このヒトが、このヒトだけが助けてくれた。
 まだ幼さの残る顔立ちに正義感をみなぎらせて彼らを威嚇し、簡単に退散させると、平気かと問いかけながらわたしの方へ腕を伸ばし、「もう大丈夫だ」と笑いながら頭を撫でた。
 そのときから、このヒト――アルドさんは、わたしのヒーローだ。


「あっ、おかえりなさい」
 泥や傷だらけのわたしを、アルドさんは家まで連れて行ってくれた。美しい髪を揺らして出迎えたのは、愛らしい顔立ちの、とても優しそうなオンナノコ。
「お兄ちゃん、どうしたの……?」
 アルドさんを兄と呼んだオンナノコは、わたしを見て顔色を変えた。どうしたの、と尋ねてはいたけど、アルドさんからの答えを待つよりも早くどこかへと走っていった。
 やっぱりよそ者は嫌なのかなと思っていると、そのオンナノコは湯気の上がる桶と数枚のタオルを持ってきて、わたしの真横に置く。
「ちょっとガマンしていてね」
 あたたかいタオルが汚れを優しく取っていく。また別のタオルは多めに湿らされ、そっと傷口の周りを拭う。
――ああ、このヒトもとても優しい。やっぱりアルドさんの妹さんなんだ。
 それから二人は傷の手当をして、食べ物を与えてくれて、あたたかな寝床を用意し、甲斐甲斐しくわたしの世話を焼いてくれた。
 一緒に住んでいるおじいさんもすごく親切で、穏やかな眼差しで、わたしと二人を見つめていた。
 アルドさんの妹のフィーネは、わたしにブラシをかけながら、おじいさんは二人とは血が繋がっていないという話をしてくれた。その声は決して悲しみを感じさせるものじゃなくて、夢物語のようなふわふわとしたしあわせな音色が混ざっている。
 血が繋がっていないのは、二人がこの村の出ではなく、拾い子だからだとも言っていた。
 二人は、わたしと同じ、よそ者だった。
 わたしもきっと、おじいさんや二人のように、分け隔てのない慈しみを与えられる生き方をしようと夢見心地の中で心に決めて、しずかに瞳を閉じた。


「もうっ、お兄ちゃんたらまた寝坊して!」
「わ、悪かったよ……。ほらもう起きたって!」
 穏やかな朝の、いつものやりとりが耳に届いてくる。アルドさんは今日もまたバルオキー警備隊の仕事へ向かうのだが、いかんせん朝には弱く、毎朝フィーネに叩き起こされている。その喧騒が小鳥のさえずりを阻み始めると、わたしも玄関の側に向かう。
「お兄ちゃん、お弁当!」
「ああ、ありがとうフィーネ!」
 ところで、突然ですが、わたしは今この家の住人をやっています。
 アルドさんたちに救われた後、母親とはぐれてしまったわたしは行く宛もなくここへ転がり込んだ。今では名実ともに四人目の家族として居着いている。玄関で待っていると、アルドさんが今日も素敵な笑顔でにっこりと声をかけてくれる。
「お、今日も見送りしてくれるのか? いい子でな!」
 言いながらわたしの頭を一撫でする手のひらは、初めて会ったときよりも大きくなったけれど、あの日と何も変わらないあたたかさを宿している。
 そのあたたかさが示す通り、お人好しで親切で頼りがいのあるアルドさんは、村のみんなに慕われている。その中で、最近わたしがライバル視しているのは黒猫のキロス。しっかりと見張っていないと、きっとキロスはアルドさんを奪っていってしまう気がする。……ただの女の勘なんだけど。
「行ってきます!」
 家に向かってさわやかに挨拶をし、走り去っていくマイヒーローに、にゃあんと甘えた声で応える。
 ――あ、申し遅れましたが、わたし、フィーネとおじいさんが大好きで、アルドさんに恋するバルオキー唯一のメス白猫です。名前は、またの機会に!

ディア・マイ・ヒーロー! :2017/04/28
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