重厚な扉を開けた先は、やけに広大な部屋だった。ポータルの置かれたアジトの部屋と同じか、それよりやや狭いくらいかと思われたが、白を基調としている分こちらの方が開放感がある。
 元々どういう用途で使われていたのかは別として、今この広い空間には、中央辺りにベッドがぽつんと置かれているだけだ。それが、ソロモンにとって心底気まずく、落ち着かなくさせていた。
「何をしておる、行くぞ」
 ともに王都エルプシャフトの長い廊下を沈黙のまま歩いてきた隣のシバが、もうずいぶん久しぶりのような気がする言葉を発した。
「あ、ああ……」
 こんなとき、ソロモンには女性の心理というものがわからない。
 横を歩いていたシバはいつもと同じ、胸を張って颯爽と歩いていた。だが今、前を向いたままで顔を合わせてくれないのは――いつもより抑揚のない声なのは、何か嫌な気持ちを抱えているせいなのだろうか。
「その、シバ……もし嫌なら」
「ッ、――わらわは!」
 嫌ならやめてもいい。そう言おうとしたのを、強い語気が阻んだ。
 少し前を歩いていたシバが振り返る。その勢いは、ピンク色の髪と白いスカートを美しく舞わせる。
「……わらわは、おぬし以外の男と、子を成すつもりなどない」
 振り向いた彼女が浮かべていたのは、以前、義務のごとく自分と子を設けなくてはいけないと話していた表情ではなかった。
「責任感だけで、おぬしとこうなることを望んだつもりもないのじゃぞ」
 あのときとはまったく異なる少女の顔に、ソロモンは驚き、自身を恥じた。
 気まずかったのは、自分だけではなかったのだ。言葉少なだったのも、シバがこちらを見なかったのも、緊張や不安、恥じらい、責任などの様々な気持ちが複雑に入り乱れていたからだ。
 ソロモン王とシバの女王が子を成すことが、ヴァイガルドの未来を守る――。
 頭では、理解をしていた。だがこうしていざ場を整えられてしまうと、ソロモンの心には迷いが募った。けれど、その迷いは常に凛としているシバは持ち得ないものだと勝手に思っていた。
「ごめん、シバ……」
「バカ者!」
「バ、バカって何だよ! 俺だって、色々とシバのこと考えて――」
「ええいっ、皆まで言わすか! この……このっ……朴念仁めが!!」
 素直に謝ったはずが、思いも寄らぬ罵倒が飛んできた挙句、激しくまくし立てられた。思わず軽くのけぞったソロモンの眼前に、白い手袋を嵌めたシバの指先が突きつけられる。
「わらわは『おぬし』と同衾するのじゃ! 『ソロモン王』とするわけではないと言うておろうに!」
 はっきりとした物言いをしながら、彼女の頬にはみるみる朱が注がれていく。
「ええっと、その、シバ……」
「――わらわは、『アミーラ』じゃ!」
 食べ頃の果実みたいな色に染まったシバの顔を、ソロモンはぽかんと見つめた。
「あ……えっと……?」
「おぬし、マイネには名を教えたのじゃろう! ならば、わらわにも教えるのが筋ではないのか!」
 日頃きりりとした瞳にはついにうっすらと涙が溜まり始める。その真剣な物言いと表情に、さすがのソロモンも、自分の鈍さと彼女が求めているものに気がついた。
 今、目の前で赤面しながら頬を膨らませているのは、シバの女王ではなく――ただの少女なのだ。
 息を、浅く吐く。
 緊張で自ずと激しく鳴る心臓を抑えるようにして胸に手を置き、ほんの少しの後、その手で、白い手袋に包まれる細い腕を引いた。
「なっ、なんじゃ……?」
 彼女から、戸惑いの声が漏れた。だが拒む力はどこにも生まれず、しなやかな肉体は、息がかかる距離まで軽々と引き寄せられる。
「……アミーラ」
 ヴィータとしての名を呼んでみれば、その身体がぎゅっと縮こまる。
 先ほどまで、あれほど気丈にこちらを睨んでいたというのに、今は恥じらってこんなにも身を固くしている様が、少しだけおかしかった。ソロモンは忍び笑いをこぼして、いつかのように手を繋ぐ。
「俺の名前を教えるの、あそこに行ってからでもいいかな?」
 ベッドへと視線を向けて問うと、
アミーラ
は耳まで羞恥に染めたまま、こくんと首を振った。それを確認して、握り締めた手を引いて歩き出す。
 二人で歩く広くて白い部屋は、やはり落ち着かない。だが今は、どちらかと言えば気まずさではなく――照れくさいようなくすぐったい気持ちで胸がいっぱいだった。

Autonym :2019/06/27
back page