ああ、また始まった。
人理継続保障機関――カルデアで医師を務めるドクター・ロマンは、モニターから目を離さないままにため息じみた息を吐き出した。
モニターには、この世界で唯一マスター適性を持ち、特異点でその時代の歪みを正そうと奔走する藤丸立香の現在地の座標から、その地のマナによる影響、バイタルやメンタル、運命力、オドなど、ありとあらゆるものを数値化したものが明滅しながら映っている。
多岐に渡る藤丸立香の数値を全て見た後で、ようやくロマンは『天才』レオナルド・ダ・ヴィンチに視線を向けた。
「ダ・ヴィンチちゃんが天才なのはよくわかってるよ。ボクのような凡人とは違う」
「そうだね。私と君とでは天地の差がある」
ロマンの言葉に自虐はなく、ダ・ヴィンチの言葉に皮肉はない。
それはどう足掻いてもひっくり返しようのない真実真理であり、互いにそれを間違いのないものだと受け止めているためだ。
そこに、否定的な感情は存在しない。
「それで、ダ・ヴィンチちゃん。本日改めて自分を天才と称した理由は?」
ダ・ヴィンチは、何もないときに無駄に天才をひけらかす天才ではない。話の導入部分と言ってもいいだろう、その一節から続く先の言葉を促した。
「悲しいかな、私には未来が見えるのさ」
「――未来?」
「そう、未来だ。天才はあらゆる可能性から幾通りもの選択肢を想定、導出する」
「だけどそれは幾通りもの可能性が見えるということだろ? それじゃあ未来とは断言できないじゃないか」
ロマンは一度椅子に座り直し、ぬるくなったコーヒーを、まるで熱いもののようにすする。
ダ・ヴィンチとのこうしたやりとりはロマンにとって息抜きになる。ほぼ休みなく働き通しの中、それ以外の会話をすることは脳を休める、あるいは刺激することになるのだ。
「そう、普通の天才ならそうだ」
ダ・ヴィンチはそこで一旦言葉を止め、口元の笑みを深くする。
「だがロマン、お忘れかな? あいにく私は、天才を凌駕する天才だ。真の天才は、はじき出された可能性を選りすぐり、選択肢をひとつに絞るのさ」
「占い師にでもなったらどうだい?」
「ああ、それは可能だろうね」
なにせ私は天才だ。なにせ君は天才だ。
ふたりはそれぞれ声を揃えて言い、くす、と笑った。
「ともかく、魔術王の見た未来の一端が私にも見えている、ということだよ」
「それはつまり――」
笑みをいち早く消したのはダ・ヴィンチの方だった。次いでロマンの微笑が消え、穏やかな表情の多い彼にしては珍しく鋭い眼差しを浮かべる。
「察しの通り。このまま燃え消えた人類史が戻らない、という未来だ」
「そんな! それじゃあ、立香くんたちが」
「――そう。その、立香くんたちのことだ」
希望を失って苦しげな皺を眉間に寄せたロマンを諭すように、ダ・ヴィンチは柔らかい声を出す。
「立香くんやマシュを見ていると、この天才がひとつに絞りきった未来以外の未来が視えてしまうんだよ」
「レオナルド、それは……」
ロマンには、その先がどうしても紡げなかった。
それはただの夢や理想、希望なのでは、と。未来とは異なるのでは、と。
そんな現実を認めたくない一方で、天才の言葉を覆すだけの仮説も理論も、ただの人であるロマンには持ち得なかった。
ダ・ヴィンチが、絶望で落ちた肩に義手でない方の手を乗せ、ふふ、とかすかに笑う。
「私は天才だが、彼らを見ていると本当に思うのさ。さっきも言っただろう? 天才は可能性を絞りきってしまうから、夢を見ることにかけては凡人以下の才しか持たない。なのに不思議なことに、彼らには夢を見てみたくなる」
「……レオナルド」
ゆっくりと、ロマン――ロマニ・アーキマンが顔を上げる。
「ロマニ、私は……命に代えても立香くんたちを、夢を、守りたいと思うよ」
互いに顔を見合わせ、うなずく。
天才の見る夢は、はたして夢なのか。それとも数多の選択肢から選び取られたれっきとした未来なのか。
それを証明するのは藤丸立香たちであり、それを見届け、彼らをバックアップするのがこの凡人と天才の使命だ。
「彼らこそ夢であり、未来だ」
ダ・ヴィンチの声は、いつもと同じだ。
真実を語る、いつもと変わらぬその揺らぎない声にロマンは静かに微笑み、モニターへ目を戻した。
そこには、天才と凡人と数多くの英霊たちが願いと力を託し、前に進む夢の旅人の姿が――。