人理修復を終えたカルデアは(修復前からでもあるが)、イベント時期を迎えると誰ともなしに騒ぎ始める。その騒ぎを聞きつけた誰かが他の誰かを呼び、そしてねずみ講のごとくあらゆる人々を巻き込んで、気がついたときには盛大な催しになっていく。いわばお祭り好きなのだった。
 なお、ただいまの季節は秋。この秋で三度目を迎えるハロウィンイベントは、既にカルデア恒例となりつつある。10月に入った途端、各所には愛らしい飾り付けが散見され始め、みるみるうちにカルデアの内装は黒色と橙色に満たされていった。
 さて、ハロウィン当日、食堂ではハロウィンパーティーが開かれていた。
 今回は『トリック・オア・トリート』のいわゆる『トリート』がメインである。料理自慢のサーヴァントたちによって作られたお菓子がずらりと並べられたティーパーティーには、様々な仮装をした様々な人間とサーヴァントが思うさま出入りする。
 あどけない少女の姿で現界したサーヴァントが、合言葉とともに大人たちにお菓子をもらう姿はもちろん、やけに絢爛豪華な絨毯の敷かれた食堂の一角では、素晴らしい音楽家による素晴らしい生演奏の中でお茶会をたしなむお姫様の姿や、締切を前に霊基消滅寸前の作家系サーヴァントたちがやけに濃いコーヒーともに甘いものを摂取する姿など、様々な光景が見受けられるその隅で――いっそ恐ろしいほど美しい吸血鬼が目を閉じたまま、ほぼ微動だにすることなく壁にもたれかかっていた。
「まさか、パーティー会場に来てるとは思わなかった」
 機嫌の良い声がかかる寸前で、ドラキュラ伯爵――に扮したエドモン・ダンテスはハシバミ色の瞳を露わにした。そこに映るのは、オレンジ色のドレスを身にまとった藤丸立香だ。
 ドレスの中央にはジャック・オー・ランタンをモチーフにしたデザインが黒で描かれ、カボチャのように膨らんだスカートの裾からは黒いタイツに包まれた細い脚が伸びている。タイツと同色のピンヒールは普段よりも高く、こちらに近寄ってくる足元はやや覚束ない。それを自覚しているのだろう、彼女は照れたように舌を出して笑う。
 それは、かつて奴隷として売られていた亡国の王女エデを彷彿とさせる無垢な笑顔ではあるが――しかし、巌窟王としての現在の彼にとって、傍らにある唯一無二の笑顔だ。
「王妃たっての頼みを無下にするわけにもいかぬ」
 形のいい唇からこぼれる言葉には、抑圧していた機嫌の悪さがにじんでいる。
 アヴェンジャーたるエドモンがこうして華やかなイベント会場にいたのには、当然のことながら理由があった。
 フランス革命の頃に産まれ、革命時の真実を英霊として知ることのできた彼にとって、マリー・アントワネットという存在は少なからず特別である。そのマリーから「あなたに似合うと思ったの。それにマスターも喜ぶわ、ええ、きっとよ!」と衣装を渡されては突き返すわけにもいかず、不承不承ながらこうして仮装をして片隅に立っていたのだ。
 壁にもたれかかるエドモンの隣に並んだ立香は、改めてその姿をまじまじと眺める。
「でも、伯爵の姿よく似合ってるよ」
 一欠片の嫌味もなく、まっすぐに言葉は放たれる。
 生前、モンテ・クリスト伯爵を名乗って生活をしていた彼にとっては、ドラキュラ伯爵のフォーマルな衣装を着こなすことなどたやすい。だが不思議なことに、立香の言葉はそんな事実をもっと容易に飛び越えて己の胸の奥に届き、心を揺さぶる。
 心に復讐の黒炎を飼う鬼が、自ら手を伸ばして光を求めるなどと許されるわけもないのに。
「……張子の虎、だったか。本物の串刺し公が今の俺の姿を見れば、一笑に付すのだろうな」
「そんなことない! だって、わたし、近寄っていいのかなって……」
 あえて突き放す皮肉を告げると、立香は慌てて首を横に振った。
 見上げてくるその瞳は穢れなく真摯で、エドモンの勘違いでなければ、ほんのわずかに、かつてエデが自身を見るときにたたえていたような、熱を――。
「わたしなんかが近づいていいのかって考えちゃうくらい、綺麗で、……かっこいい」
 もし、もしも、立香が目を合わせたまま最後まで言い切っていれば、鼻を鳴らして視線を逸らしたのはエドモンの方だっただろう。だが、最後の瞬間、彼女は恥ずかしさで顔を俯かせてしまった。離れていった瞳が――そこに宿っていた熱が、あまりにも惜しくなった。
「……ところでマスター、菓子は配り終わったのか?」
「う、うん」
 唐突な問いを不可思議に思ったのか、立香は戸惑いがちにうなずく。その返答を確認してから背中を壁から離せば、伯爵のマントはその動きに合わせてともに棚引いた。
「そうか、では何の問題もないな」
 声をかけたことで素直に戻ってきたまなざしを、今度は逃すまい。エドモンは指先を伸ばし、立香の顎にそっとかけた。瞬間、若い肌が火を点すように赤くなる。
 ああ、まぶしい。目の前の少女が、まぶしいほどに愛らしい。
「リツカ」
 名を呼べば内側でくすぶっていた熱が高まる。触れている指先が熱くて、もっとほしいとチリチリ疼き出す。名前を告げた喉が焼けて、ひどく“喉が渇く”。
「巌窟王……、ッ」
 指先は顎から、白いうなじへ。ぴくりと震えた立香の体温をもっと強く確かめたくて、触れる面積を増やして首筋を撫でる。そのまま引き寄せて、唇を耳に添えて、あの言葉を落とす。
「――“Treat me or I'll trick you.”」
 現在の己は吸血鬼なれば、このまま城へと攫ってしまおうか。光の届かぬ場所で菓子を持たぬ少女の血を吸い、骨の髄まで味わい尽くして、自分のものに。
 お前の血は、さてどんな極上の味がするのやら。

Treat me or I'll trick you. :2017/10/15
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