大股で廊下を歩いていた男は不意に何かを察した様子で足を止め、眼球をギョロリと動かし、鼻をクンと動かした。ひとしずくの血の臭いすら逃すまいとするその姿は、血に飢えた獣さながら。ほぼ無意識に刀の柄に手をかける姿は、辻斬りさながらであった。
男は常々、このカルデアの廊下に漂う清潔感を厭がっていた。隠し切れない血の臭いがあるというのに、それを薬草を撒いて無理矢理ごまかして、体裁を保っているような、そういう“お高くとまった”感覚が疎ましかった。
そもそも、ここに召喚されてから数日。男ははびこる平穏に嫌気が差していたのだ。何か困ったときに頼ればいいと数名のサーヴァントを紹介されていたが、いずれも人の好さそうな者ばかりだった。また、歴戦のサーヴァントと聞いて対峙してみれば、腑抜けた様子でここでの生活に順応した者ばかり。男に言わせれば皆一様に平和ボケした面構えをしていて、見ているだけで反吐が出そうな思いだった。
だが、たった今、その鼻を刺激した血腥い臭いは、不機嫌だった口元に笑みを浮かべさせるに十全だった。
これは――夜の臭い。血の臭い。殺しを知る者の臭いだ。
近くにいるサーヴァントが、どんな顔をしているのか、どういう殺し方をする奴か、見てみたくなった。別段殺し合うわけではない。ただ、退屈しのぎ程度に“少しじゃれ合うだけ”だ。
ことカルデアにおいては、アサシンクラスのサーヴァントとて気配遮断のスキルをあえて使う必要はない。再び大股で歩き始めると、曲がり角を折れ、そのまま一歩強く踏み込む。同時に、左手の親指が刀の鍔をチャキ、と持ち上げた。
人斬りの異名を背負う男が、峰打ちなど行おうはずがない。出会い頭には既に抜き放たれた刀身が顔もわからぬ相手の首を狙い――
「――遊びが過ぎるぞ、新入り」
刃同士がぶつかる激しく熱い音とは裏腹に、涼しい声とともにその一撃は難なく弾かれていた。
「なんじゃあ、女か」
斬り損ねたせいか、相手が女だったからか、それとも慌てる素振りすらなかったからか。独特の訛りは苛立ちを強く孕んでいた。毒づくと同時に、男は重なり合う刃にぐ、と力を込める。
「女で悪かったな。ここじゃあ有名な騎士様が女だったりもするんだ、珍しくもないだろ?」
だが、女どころか少女然としたサーヴァントは、逆手に持って刀を押し留めていたナイフから力を抜き、猫のごとくくるりと後ろに跳んだ。
「……まあ、えい、気は済んだ」
間合いができると、男は知らずに放っていた夥しい殺気とともに刀を納め、息をつく。
「お前、血の臭いが強いな」
殺意が消えたからか、少女もまたナイフを納めながら、少しつまらなさそうに呟いた。
「そりゃあわしは人斬りじゃき、当たり前ちや」
反して男は上機嫌に応じ、改めて相手をすがめた。和服の上に洋風の赤い外套を羽織った妙な少女だ。おそらく同業者だと踏んだが、いささか淡白とでも言おうか、あまり気迫のない立ち姿に、内心で首を傾げる。
「おまんこそげにアサシンか? そがな細腕で人を殺したことがあるじゃと?」
「生憎だな。オレが殺すのは『死』だ、……『人』じゃあない」
そう言った少女の瞳が――虹彩が、この世のものとは思えぬ色を放った。
一瞬、わずかに背筋に悪寒を覚えた男は、ぼさぼさの頭髪を掻きながら身を翻す。
「ほうか、お友達にはなれんようじゃ」
男は背中を向けたまま、手をひらひらとさせる。にたりとした愉快そうな笑みを、指で上げた襟巻きで隠したまま、来た道を戻っていった。