とろぉり。三度の濃密な口付けの中で粘性を得た液体が、リリンのぷっくりとした唇の端からこぼれ落ちた。唾液で随分と色褪せながらも元の蛍光がかった色を十分に残したそれは、一筋の線をゆるゆると肌に描いていく。ひと際赤くなった舌で舐め取ると、リリンは雛鳥に餌を与える親鳥のようにわたしへと口移しをした。瓶を開封したときから漂っている甘い香りと味が、脳髄を直接刺激する。わたしの思考はますます淫らに溶けて、抗う術すらなく快楽に沈んでいった。

 メガキンから呼び出しを受けてアジトへ集まったわたしたちは、集合とほぼ同時に当の本人からの来れなくなってしまった連絡を受けて解散することになった。多忙な人だから仕方がないとは言え、ドタキャンされてしまったリリンは「急遽休みますーってバイト先に連絡入れちゃったんだよねえ」とツインテールの片方の毛先をいじっている。今月の稼ぎが減ってしまうのを不満に思っているのか、その桃色の唇を尖らせている様子に、わたしはよければお茶でもと声を掛けた。金銭の悩みを解決してあげることはできないけど、まあ暇つぶしの相手くらいにはなってあげられる。
 結局、何かおいしいものでも食べよっか、なんて女子らしい話に落ち着いたけど、その前に少しショップに用事があったことを思い出したのでせっかくアジトに来たのだからと寄ってから行くことになったのだった。
「ねー、ルーキーこれ見てみて」
 私が必要なアイテムを選んでいる間の暇を持て余して、ショップ店員である福本さんいわく「著しく合法性に欠ける品揃え」の店内を物色していたリリンが、何か妙な薬を持ってきた。遮光されたやや寸胴のピンクの薬瓶には、中央にクエスチョンマーク付きのドクロマークが描かれたラベルが貼られている。見るからに危険そうというか、確実にヤバイやつだ。
「これ副作用で『ああっ、なんだかカラダが熱く……!』ってなるやつかなって……ほらあ、えっちなラノベとかアニメとかでよくあるじゃん」
「……リリン、まさか『そういうの』書いてるの?」
「エロ展開は読者サービスよ、積極的に組み込まなくっちゃね~」
 恥ずかしげもなくすごくいい笑顔で言っている。福本さんが在庫を確認しに行ってくれていたのが幸いした。こんなこと聞かせるわけにもいかない。気まずいにもほどがある。
「っていうか、いかにも毒ですって感じの見た目だけど……」
「――ああ、それは毒ではありませんよ」
 ショップの奥から悪魔契約書を抱えて戻ってきた福本さんが、微笑みながらやんわりと否定する。もう少し早かったらさっきの話を聞かれるところだった。その元凶であるリリンが彼へ向けた猫みたいなくりくりした瞳は、毒ではないという事実を聞いて希望の光をたたえたように見えた。
「皆さまのダウンローダーとしての力を一旦擬似的に初期化することで、再び成長を図るための薬品です」
「へえ~……それってえ、なーんかイイ感じの副作用とかあったり?」
「『イイ感じ』かどうかはわかりませんが、酩酊に近い状態に陥るという報告でしたら、何度か聞いたことがありますね」
 外から見えないように二重にした紙袋に購入したものを梱包して、わたしに手渡す。その拍子に、完全に期待に満ちた目で薬瓶を見つめている隣のリリンを一瞥した福本さんは、少しの苦笑いを浮かべて「そんなに気になるようでしたら半額でお譲りしましょうか」と言った。

 そうして危険そうな薬をお安く買って上機嫌のリリンと、アジトの共有スペースに戻ってきた。わたしが荷物の整理をしていると、キュポン、という音が後ろから聞こえてきたので思わず振り返る。そこにはさっき買ったばかりの薬の栓を当然のように開けているリリンの姿があった。
「ま、物は試しって言うじゃん?」
 視線に気付いたのか、問いかけてもいないのにウインクとともにわたしの疑問に返答する。
「いやでもさすがによく考えた方が……」
 だってその薬は力を一時的に初期化するとか言っていたしそもそもリリンどう考えてもそれ主作用のこと放ったらかして副作用のことしか考えていない顔してるし大体もしも何かあったらどうするつも「って、ちょっとリリン!」「大丈夫、よーく考えたわ! めくるめく官能の世界がアタシを待っているッ!」「あ、あああダメだってっ!」 ――ゴクリ。説得も阻止もする間もなく一口飲んだリリンは、飲み込んだ直後に「あ……これやっば……」という不穏なつぶやきだけを残して俯き、黙り込んでしまった。
「え、ちょ、だ、大丈夫……?」
 彼女の発した、やばい、という言葉が何を指しているのか。味がやばいのか、体調がやばいのか、それとも他の何かなのか。とにかく最悪の場合、吐かせるくらいのことはしないといけない。
 少し待ってはみたが、問いかけにこれといった反応が見られず、慌てて近づく。身体がふらついているように感じたので、横について肩を支えた。
「……ごめ、ん、アタシ……ムリ、かも」
 何とか答えてくれたリリンの息が、ひどく荒い。おそらくは薬液のものだろう、辺りを漂い始めた甘ったるい香りが、吐息に混じって漂ってきている。妙に肌へねっとりと絡みついてくるその芳香によって足元がふわふわしてきた気がして、わたしは咄嗟にハンカチを取り出して口元を押さえる。
「ふ……ルーキー、これほんとに、やばい……あっつい……」
 声が表す通り乱れていくばかりの呼吸も、制服越しに触れている女の子らしい細い肩も、いやに熱がこもっている。
 なるほど酩酊に近い状態というのなら納得がいく。水を飲ませるべきか、身体を横にしてあげるべきか、いや、そんなことよりも福本さんに相談をするべきでは――巡らせていた考えがそこに行き着いたのとほぼ同時、口元に置いていた手がパシンという音とともに弾かれた。押さえていたハンカチが落ち、何が起こったのかわからないまま、手首をはたいたリリンに顔を向けた。
 その、出会い頭のような瞬間。
 甘い香りをまとう温かな唇が、わたしの唇に触れて、
「ッん、んん?!」
 肉体の所有者の意識とはまったく無関係に、液体が咽頭を流れ込んでいく。瞬時に、飲まされた、という可能性に思い当たってリリンから離れたが、そのときには既に薬は六腑を渡り、わたしの胃と脳を熱く焼いていた。
「……っ、は……!」
「ね、ルーキー……マジでやばい、でしょ」
 ああ、これは確かに『やばい』。彼女が呼吸を乱していた理由も、しばし言葉を失っていた理由も、我が身で経験すればこんなにも理解できる。
「なんか……身体が……熱くなっ……」
 どこかで聞いた言葉が口を突いた。これを、わたしが、言う羽目になるだなんて。それでも言わなくてはならないほどに何もかもが熱い。内臓を焼いて、脳天を焼いた熱は、全身に広がる。広がって――ありとあらゆる部分を敏感にさせた。
「これ、はんぶんこ、しよ」
 わたしの聴覚が落ちているのか、彼女の言語能力が落ちているのか、聞こえてくる声はゆらゆらとしている。声と同じように覚束ない足取りでリリンが近づいてくるのがわかった。その目的が何なのかもわかる。でももう、おかしな熱で冷静さを燃やされたわたしには、逃げるだとか拒絶するだとかいう考えなんて浮かびもしなくて、ただ、この熱でカラカラに渇いた口内をただ潤してほしかった。
 だらしなく口を開けて舌を出す。リリンが瓶をあおってからわたしに手を伸ばして、そのまま二人して崩れるようにふかふかのラグマットへ倒れ込む。上に跨ったリリンはこれまで見たこともないような色っぽくていやらしい顔でわたしを見下ろして、焦らすようにわたしが出していた舌へ舌先を触れさせた。そのまま舌は生き物のようにうねって、絡んで、相手の口内を這いずり回って、舌を吸い上げて、口の中が性感帯であることを気付かせ、教え、わたしに植え付けていく。口付けに夢中になっている間に互いの口を行き交い嚥下されていく薬は、わたしたちを一層昂ぶらせる。唾液の一滴すら惜しい。唇を密着させて、ひたすら貪るように舌を絡ませると、下腹部の奥がきゅうと締まっていくのがわかった。けれど、でも、これだけでは、足りない。そしてそれは、きっとわたしだけの想いじゃない。
「アタシが……ほしいよね、ルーキー?」
 水音を残して唇を離し、リリンが制服のリボンをシュルンとほどいて服を脱いでいく。ブレザーに続いてブラウスも床へ落とすと、彼女は一度だけ見たことのある大きな白いフリルのついた紺色の水着姿になった。そういえばバイトをドタキャンしたんだったっけ、とぼんやり考えてみるけど、欲望に忠実になったわたしは露わになる素肌に釘付けで、頭の中はその小さな布に隠された中身のことばかりを占めていて、浅ましいほど収縮した子宮が、早く達したいと切なさを訴え続けた。
「りり、ん、ちょうだい……」
「……ったりまえじゃん」
 リリンは満足げに笑って、自分の口の端からこぼれた雫を舌で掬い取る。そして、もう一度その柔らかい唇が深く優しく押し当てられると、わたしは彼女にすべてを委ねて瞳を閉じた。
 裸の唇を、甘い香りだけを着る肌を、わたしたちはただ本能のままに重ねる。

アイリーン・リップティント(ピンクメロウ) :2018/05/21
リリン「――と、いうわけでえ。アタシたち、付き合うことになりましたー!」
シャン「『というわけで』の意味がまったくわかりませんね……」
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