純粋に、僕はメガキンというエンターテイナーに憧れていた。だから、彼の好きなニャンチョコにもハマったし、彼がやっているというゲームにも手を出したし、彼の勧めたアプリも何の疑問もなくダウンロードした。そのアプリを機に、液晶画面のこちら側から見ているだけの彼と仲間になったときには、チャンネル登録して追いかけていてよかったと心から思ったものだ。
デビルダウンローダーとなったことに恐怖がなかったわけじゃない。これまで知らなかった非日常には、僕が思っている以上に多くの危険が潜んでいた。でも、その不安は、憧れの人と過ごす日々が拭ってくれた。彼は僕のことをよく気にかけてくれたし、個性的な仲間たちもたくさんフォローしてくれた。
そのうち、支部長としての彼は僕のことを頼ってくれるようになった。『ルーキー』としてではなく、僕個人の力を認めてくれるようになった。それがわかったときの喜びは――そう、憧れの人、というよりは、好きな人へのそれに近かったように思う。
だけど、それが頂点だった。
メガキンの役に立ちたいと頑張れば頑張るほど、メガキンのためにと悪魔を倒せば倒すほど、彼は僕に目を掛けなくなっていった。
決定打は、あの訓練だ。
ヒミカさんの趣味にみんなで付き合って、それでも真剣な戦闘訓練をした、あのとき――僕が全員から勝利を得たあのとき。メガキンの瞳は、恐ろしいほど冷めきっていた。
「メガキン、あの、僕は」
かけようとした言葉は、東京タワーに向かって強く吹き上がる夜風にかき消される。
メガキン、どうして強くなったことを喜んでくれないんだ。僕はこんなにも強くなったのに。あなたの力になれるくらいに――あなたを打ち負かせるくらい、強くなったのに。
冷めちまった。簡単に言えばそういうことだろう。
ルーキーは本当によくやってくれている。ダウンローダーとしての資質も高く、めきめきと強くなっていった。俺が何か指示を出せば、しっかりとその意図を汲み上げて動く頭もある。俺の望むがままに働き、健気なほどにリベレイターズのために尽くしてくれる。
――そう、リベレイターズのため。リベレイターズ日本支部長が『メガキン』であるためだ。
初めて会ったとき、俺のファンだって、チャンネル登録してますって。そう目を輝かせて熱く語っているのを見たときは、照れ臭かったが本当に嬉しかった。だから、ルーキーは俺の期待に応え続けたし、俺もまたルーキーに対して、まるでキッズに感じるような庇護欲を覚えていた。気がつけば俺も――あいつのことを特別視していた。
けど、どんどんと成果を上げていく姿を見ているうちに、熱くなっていた気持ちは萎えていった。
何が不満なのかって考えても答えは出なかった。出ないまま、俺は距離を置いた。寂しそうにしているのも知っていたし、それでもなお俺のために働こうとする姿にいじらしさを感じないわけじゃなかった。
だけど、あのときの訓練だ。
巫女さんの提案で行ったいつもと違う趣向の訓練。あのとき、あいつが俺からも勝利を奪ってしまった瞬間――全部理解してしまった。
俺より強いことが気に入らないってわけじゃない。支部長である俺を倒したあいつのこと、もう『ルーキー』なんて呼べないだろ。それが嫌なんだよ。『メガキン』としての俺を愛するお前と一緒なんだよ、なあルーキー。
「このまま寝かせてあげましょうか」
「……そうだな、よく眠っているようだし」
凪いだ海のように落ち着いた声と、僕の胸を一番ざわつかせる彼の声。両極端な響きは不鮮明で、何の話をしているのかはわからない。
僕は、アジトでみんなと夜ご飯を食べて少しした後、猛烈な眠さに襲われてテーブルに突っ伏して居眠りをしてしまったらしい。福本さんが起こしてくれたけど、ひどい眠気で体を起こすことができず、意識のほとんどが夢の中だ。
ただ、それでも、好きな人の声は耳によく通る。
「今夜はここで寝ればいい。どこかの部屋まで連れて行くか? それともすぐそこのソファで横になるか?」
メガキンの言葉にうつらうつらしながら、「ソファ」とだけ答える。わずかに苦笑いの気配が耳元に聞こえると、福本さんとメガキンだろう、二人で僕を抱えてリビングのソファへと寝かせてくれた。それからしばらく何か片付けるような物音や、人が行ったり来たりする足音が色々聞こえていた気がする。その音が止むと、部屋は静寂と暗闇に包まれたようだった。
「……ルーキー」
誰もいなかったはずの部屋の中。ふと鼓膜を揺らした声が、僕の胸を焦がした。夢に落ちてもなお、この人の声は格好いい。それで意識はすぐに現実へ戻ってきたけど、身体はうまく動かせなかった。というよりは、全身のあらゆる筋肉が無理やり押さえつけられているような感覚に襲われている。
「め、あ、き……?」
肉体だけではなく、言葉もうまく発せない。名を呼び返したはずの喉からは、ほぼ母音しか出てこなかった。
「ああ俺さ。目は覚めてるかい? 気分は?」
うう、と肯定の返事をする。情けないその様を、メガキンは笑わなかった。
ソファの横で屈んでいたその影が立ち上がると、黒いスキニーパンツが目の高さに来る。首をもたげることのできない僕は、視線だけで顔を見た。もしかすると僕がこういう状態に陥っていることを知っているのかもしれないな、なんて、暗がりの中に沈んでいる少し昏い眼差しに、ふと思う。
「なあルーキー」
いつもの彼とはまったく異なる、抑揚のない声音。
「お前は俺を好きだろ? でも、俺は今のお前を愛せないんだ。俺は『ルーキー』じゃないお前には欲情しないのさ」
その声がナイフのような現実を突きつけた後、顔の前に何かが差し出される。薄闇の中で焦点が合い、細い人差し指と親指が持っているものが何かわかった瞬間、僕はため息をもらした。
「これ、お前なら受け入れてくれるだろ?」
それは、僕を『ルーキー』に戻すための薬――メガキンが望む『僕』になるための薬だった。
毒を盛った薄い唇が、身動きの取れない僕の唇に重なる。抗えないまま、わけのわからない薬は食道を通っていく。僕がまた、か弱い『ルーキー』に戻ってしまう。
ああ、また強くならなくてはならない。またたくさん悪魔を殺さなくては。だって僕は、動画を観たときからずっと、『メガキン』のこの綺麗な顔をぐちゃぐちゃにしてやりたいって思っていたのだから。だから今は――今だけは、彼の思う通りに。
少し先の未来を想像して硬くなっていく僕の股間を、メガキンはその白くて細長い指でなぞり、笑った。