count 5.

 いつものごとく秋葉原のアジトに来て、いつものごとくメガキンがスタジオにしているリビングへ入ろうとして――扉の真ん中、やや上方で踊る『本日入室厳禁』の文字を見て、ノブにかけていた手を引っ込めた。
「申し訳ありません。メガキンの言いつけでして」
 後ろから現れた福本さんが、いつもと変わらない涼しい顔を浮かべて、背筋の伸びた綺麗な立ち姿からお辞儀をしてみせた。
「中で何かやってるんですか?」
「さあ? 何でも少し大掛かりなことをやりたいからと言っていましたが」
「こないだ真冬のプールに飛び込んだばかりなのに?」
 福本さんはすくめていた肩を下ろし、その言葉でため息をついた。
「……あの動画、好評だったようですけど、後が大変だったんですよ」
 声をひそめ、耳打ちをしてくる。近くにある端整な顔が顰蹙でわずかに歪んでいるのを見るに、どうやらずいぶんと迷惑を被ったらしい。
「お疲れさまです」
 半ば笑いながら労うと、穏やかな微笑みが返ってきた。
「もし各施設に御用があるようでしたら、また後で様子を見にいらしてください。もしかするとメガキンの用も終わっているかもしれませんから」
 もの柔らかな声を聞きながら、扉の貼り紙を見る。ただ一枚の紙切れはよそよそしさを感じさせて、少し居心地が悪くなる。だけど、自分を見送ってくれる福本さんの笑顔はいつもと変わりがなかった。それにひどく安心して、答える。
「それじゃあ、――いってきます」
「ええ、行ってらっしゃいませ、『ルーキー』」


count 4.

「あらどうしたの、そんな捨て猫みたいな顔で突っ立っちゃって」
 福本さんに見送られて秋葉原の街へ繰り出す。しかし、予定が完全に狂ってしまった。次の行動を迷っていると、横から大人の色気といたずらっ子の愛らしさを兼ね備えた女性に声をかけられた。チャイナドレスを着こなした中華系日本人美女が、しゃなりしゃなりとこちらへ向かって来る。
「青蘭さん?」
「はあい、犀川青蘭だよ」
 扇を二度ほど扇ぎ、フルネームを名乗る。いつものことながら、不思議な人だ。
「捨て猫ちゃん、時間があるならちょっとお姉さんに付き合わない?」
 行く宛を失くして途方に暮れていたのは確かだったが、捨て猫と言われるほど所在なさげに映ったのだろうか。でも青蘭さんの申し出は、今の自分にとってはありがたいものだ。一も二もなくうなずく。
「で、何に付き合えばいいんですか?」
「そりゃあ決まってるじゃない。デートよ、デート」
 そう言って、口紅のついた唇は妖艶で楽しそうな微笑みを象った。
「またご遺族のところに?」
 以前、薮から棒に連れ出されたデートで、アウラゲートの調査隊の遺族を見て回ったことがある。それは――この女性の慈愛に満ちた側面を知った、素敵な一日だった。
「それもいいけど……今日は、違うわよ」
 青蘭さんは微笑みを崩さない。あのときのものとよく似た優しい表情でまっすぐにこちらを見ている。
「今度は純粋にデートしましょ、って言ったでしょ?」
 するりと腕を組まれ、どこへ、とも聞けないまま秋葉原を歩き始めた。
 たくさんの人の群れを突っ切って行くと、街にはデコヒーレンス領域の跡がいくつか見られる。だが、アコライツの活動はジョシュア・ホークの死をきっかけに落ち着きつつある。数日前の屍鬼騒ぎを始め、リベレイターズを必要とする事件も多いが、それを差し引いてもずいぶんと平和になった。
「――あなたたちが守った街よ。胸を張って歩きなさいな」
 熱量の高い街並みを見渡して、青蘭さんはつぶやく。心を読まれたのかと驚いて、思わずどきりとした。
「中国へ行けなくなったのは残念だけど、でもおかげで、今の私は、それ以上の楽しみを見つけちゃったわ」
 遠くを見ていた眼差しが、すぐ近くでこちらに向けられる。
「こうして、あなたとのんびりデートできる喜びは、平和だからこそよね」
 慈愛と色気に満ちた瞳に心臓がもう一度どきりと跳ねて、顔が赤くなる。
 それを見た不思議なお姉さんは楽しげに笑って、組んでいた腕に少し力をこめた。


count 3.

「……デートって言いませんでしたっけ」
「あら、来た先にたまたま知り合いがいたってだけじゃない。デートにハプニングはつきものよ」
 店に入って注文を済ませた後、隣に座る青蘭さんに小声で苦情を入れてみたが、本人はさらっと流して水を飲んでいる。
「たまたまって……」
「二人ともデートの最中だったんですか? 邪魔しちゃったなあ」
 テーブルを挟んだ前の席。あはは、と笑ったのはシャンだ。そして、たまたまも何もこの店は、
「は~い、お待たせしました~。ご指名ありがとうございます、リリンで~す」
――リリンがバイトしている水着カフェである。
「ごめんごめん、実はちょっと呼び出しが入っちゃって、行かないといけなくなったのよ」
 青蘭さんは、装飾の多いパンケーキを一口つまんでから、両手を胸の前で合わせた。さっき誰かから連絡を受けていたのは確かだ。
「だから、ここからは担当チェンジ。あとは若い者同士で楽しみなさい」
「――そういうわけですので、あとは私たちがお相手します」
 店の入り口から涼しい声が聞こえる。振り返ると、梨花が凛然と立っていた。
「じゃあね、ルーキー。ちゃんとしたデートはまた今度」
 みんなに挨拶を済ませた青蘭さんが立ち上がり、空いた椅子に梨花が座った。
「なんだかこうしてると、ルーキーがリベレイターズに来たばかりの頃を思い出すねえ」
 すかさず注文を聞きに来た水着姿のリリンが、しみじみとこぼす。
「俺と初めて会ったのも、この店でしたね」
「そうですね。あれは私たちが電子ドラッグのことを調べている最中でしたか」
 シャンと梨花が後に続いて、話に花が咲く。そう遠くないことなのに、なんだかひどく懐かしい。
 メガキンの動画を観てアプリをダウンロードして、エインヘリャルに導かれ、わけもわからないままアコライツとの戦いに身を投じることになって――あれから、自分の日常というものは一変した。
 リベレイターズとしての毎日は、危険と刺激に満ちていた。なのに、胸を満たしていた感情が恐怖ばかりでなかったのは、個性的だけど一緒に前を向いていける頼もしい仲間がいたからだろう。
「な~にニヤニヤしてんの? アタシに見とれてると、追加料金発生しちゃうよ?」
 梨花への飲み物を持ってきたリリンと目が合い、慌てて逸らす。
「もールーキーったら、冗談だってえ~」
「……本当に冗談ですか?」
「リリンが言うと冗談に聞こえないんだよなぁ……」
 にかっと笑うリリンへ梨花が冷ややかに問い、シャンが呆れ半分で苦笑いする。
 本当に個性的な仲間たちだ。でも、ヴェニタスと戦ったときに預けてくれた信頼は、今も、これからも、ずっと忘れはしない。きっとそれは、彼らも同じだろう。
「いくらアタシでも仲間から追加料金せしめたりしないってば!」
「――さっき犀川さんに料金前払いでもらってましたしね」
……たぶん。


count 2.

 早番だったリリンは弟や妹の面倒を見るから、シャンはホラー映画の上映が始まってしまうから、梨花はサバゲーショップの新商品入荷の日だから、と。それぞれの目的のために解散した。
 自分自身はといえば、アジトという居場所をお預けされて、次の行き先を見つけられないままでいる。
 適当に辺りを歩いていると信号に引っかかったので、手持ち無沙汰になってスマホを取り出した。いつでも誰とでも繋がることのできるはずのそれに通知はない。冷たくて重たい機械でしかないそれはただ無機質で、ホーム画面はまるで虚無を映しているようだった。
 繋がりと人ごみに寄り添っていながら、拭いきれない孤独を抱えた人たちが、虚無を見つめながら横断歩道を流れてくる。
 少し前までは、自分もあの中で同じ方向に押し流されていた。ルーチンを漫然とこなしてばかりの日常だった。
 でも――今は、ちょっと違う。
 ポン、という機械音とともに、虚無の中央に通知のポップアップが踊る。すぐに通話アプリを起動させて、スマホを耳に当てた。
「もしもし、殻斗さん? うん、今アキバにいますよ」
「よしルーキー、今から俺の指定した場所に来てくれ。すぐにだ」
 受話器越しのバリトンボイスがキマッている。ただ、指定の場所を聞いて大方の状況の察しはついた。おそらく、しおにゃんの出番があるライブ会場だろう。となれば、用件も自ずと決まってくるというものだ。
「……しおにゃんのチケットノルマ、まただめだったんですか」
 呆れた風に言ってはみたが、実のところ、しおにゃんのライブに付き合わされるのは嫌いじゃなかった。
 元傭兵として生死の境に立たされていた殻斗さんも、現アイドルとして歌や踊りに励むしおにゃんも、きっとデビルダウンローダーでなくては出会えなかった人たちだ。自分には決して真似できないけど、どちらの生き様もとても輝いて見える。そんな仲間に恵まれたことが――今は、素直に誇らしい。
「わかりました、すぐ行きますよ」
 言うが早いか、雑踏の中を歩き出す。
 今の自分は、どこにいたって孤独じゃない。見えない繋がりの中に確かな絆があるのだから。
「さて、と」
 ゼブラ柄の道を踏みしめて、スマホに視線を落とす人の波に逆らって、少し駆け足で仲間の元へと急いだ。


count 1.

 パフォーマンスは最高、ファンの入りは微妙という、なんとも奇妙なライブが終わった。
 出番を終えたばかりのしおにゃんとの軽い挨拶という名の反省会と、殻斗さんの熱い感想会を適度にやり過ごし、ライブ会場の外に出る。もうすっかり日が暮れている。
 落としていたスマホの電源を入れ、数秒後。ポン、という通知音が鳴って、不在着信があったことに気づいた。
「ヘイ、ルーキー!」
 留守番電話には、お決まりの文句が入っている。
「さっき執事クンから聞いたんだが、今日アジトに来てくれてたって? ソーリー、ちょっとバタバタしててね。それで、よかったら今から来れないか? 連絡待ってるぜ!」
 まるで動画のノリで伝えられた数十分前の電話に折り返す。
「ちょうど俺もルーキーに用事があるんだ。急かして悪いが、アジトまで来てもらえるかい?」
 支部長でもあるメガキンにそう言われて、断ることのできるメンバーは少ない。
 今日はつくづく人に呼び出されて退屈のしない日だ。そう思いながら、アジトまでたどり着く。
 さっき来たときにはあった『本日入室厳禁』の貼り紙のなくなった扉のノブに手をかけて、ゆっくりと回す。リビングは夜の暗さに支配されていて、大きな窓から秋葉原の街の灯りが漏れ入っていた。
 誰も、いない。そう、判断した瞬間――パアン、という大きな破裂音とともに部屋な電気が灯った。
「え、……えっ?」
 何が起きたのかわからず、驚きよりも混乱しかない。まったく現状を理解しきれないまま、ぽかん、と口を開けて入り口に突っ立っていると、アリサちゃんがとことことやってきて、メイド服によく似合った愛らしい会釈をしてみせた。
「こちらへどうぞ、お客様」
 小さな手に引かれて、部屋の真ん中へ連れて行かれる。
 そこでようやく破裂音で一瞬麻痺していた鼓膜と、急な明るさの変化についていけてなかった視界が馴染んできて、クラッカーを手に持ったリベレイターズの面々が揃っていることに気がついた。
「さあ、座って」
「これもどうぞ」
 アリサちゃんに促されるままに椅子に座る。すぐさまヒミカさんが頭に帽子を被せてくれて、たすきをかけてくれた。そのたすきを見ると、『本日の主役』と書かれている。
「驚きましたか、ルーキー」
 飲み物を手に持ち、優しい笑顔を浮かべたジュンユンが近寄ってくる。見ると頭にとんがり帽子が乗っているので、たぶん自分の頭にも同じものが乗せられたのだろう。
「貴方にサプライズしようと、メガキンがとても色々考えてくれました」
「……メガキンが?」
 手渡された飲み物を受け取る。細いリボンの巻き付けられた、シャンパングラスだ。
「ボディコン騒ぎのとき、打ち上げ費用は出すって話をしただろ?」
 それを確認してか、メガキンが近づいてくる。ちょっと眩しく見えるのは、たぶん、そう、アフロにLEDのイルミネーションがついているからだ。
「あの話のすぐ後で思い出したんだよ」
「何を?」
「我らがルーキーの歓迎会を、まだやってないってね。それでみんなに協力してもらったってわけさ」
 メガキンの手が部屋にいるリベレイターズの顔ぶれをぐるりと示し、それを目で追う。
「お料理は、僕と有紗でご用意いたしました」「大丈夫、毒は入れずにおいたから」 福本さんとアリサちゃんが丁寧にお辞儀をする。
「ジュンユンと私は部屋の装飾を」 ヴァギトさんが静かに言う。周囲を見渡すと、部屋の高いところにも飾り付けがされていて、確かに背の高い二人が関わっていることがわかる。
「私が結界であなたをアジトに入れないようにしまして」とヒミカさん、「それであなたをアジトから遠ざけるのが私の役目だったってわけ」と青蘭さんが続く。
「俺たちは足止め役ですね。バレないかヒヤヒヤしましたよ」 スリルが楽しかったのか、シャンは嬉しそうだ。
「そうですね……バレたときのために麻酔銃を用意していたのですが、出番がなくて残念でした」 なぜだろう、梨花は心底がっかりしている。
「メガキンが突然言い出すから、今日のバイトの早番変わってもらうの大変でさあ?」 リリンが髪の毛をくるくるともてあそぶ。照れ隠しなのかもしれない。
「キミ、分かってるよね? ライブを早めに切り上げてあげたんだけど」「そもそもしおにゃんのライブにアンコールするファンはいな――」「なに? 豚人間。パーティー料理のメインディッシュにでもなりたいわけ?」 そういえばアンコールがなかったなって思っていたのを代弁した殻斗さんがしおにゃんに蹴られている。まあ、幸せそうなので放っておこうと思う。
「……っ、はは」
 いつも通りのみんなの姿に、思わず笑いがこぼれた。
 ああ、本当に――こんなにも恵まれた仲間がいるのだと、改めて思わされる。
「サプライズにしたくて騙す形になっちまったが……お前には本当に世話になってるからな。今日は、好きなだけ食べたり飲んだりしてくれ! あ、未成年はアルコール禁止な。メガチューブのコンプライアンスは結構キビシーからね、そこんとこヨロシク! それじゃあルーキー、乾杯の音頭は頼めるかい?」
 メガキンが、先んじてグラスを掲げる。仲間たちがそれに倣う。全員の視線が、こちらに向けられた。
「……みんな、今日はありがとう。これまでも、本当にありがとう。それと、」
 手に持ったグラスを高く上げる。赤と銀の細いリボンが揺れて、中の液体がそれを反射してきらめいた。
 仲間の顔を一人一人眺めた後、すうと息を吸う。そして、ありったけの気持ちを込めて、口を開いた。


count 0, and...

「――コンゴトモヨロシク!」

Let's count 5. :2019/01/22
リリース一周年おめでとうございます!
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