編集ソフト起動中のパソコンのモニターでは、男がテンション高く騒いでいる。同じ男が身振り手振りを交えて話している場面を、幾度もリピートする。そこに効果音やテロップを、いいタイミングで挿入し、ずれがないか確認する。
繰り返し言うが、仕上がった動画に対して、編集作業は地味だ。そして、孤独である。
静かなアジトで孤独に作業を続けていると、そのときの精神状態や疲労度によってはグロッキーになることもある。
特に――今夜みたいな、恋人からデートをドタキャンされた夜なんかは、そりゃあもう。
「やれやれ……」
精神的にダウンしているところにやたらハイな野郎の相手をするなんて、気持ちが沈み込む一方だ。悩みのなさそうな顔や声に飽き飽きして、メガキンはヘッドホンを外した。
リベレイターズの一員としても、女の子としても、ルーキーはごく普通の、ありふれた子だ。個性派揃いの東京支部においては、あまり目立つ方ではないだろう。リベレイターズの活動でもそうだ。任務に臨む態度は真面目で、単独行動やイレギュラーを起こすタイプではない。だが、ここぞというときに発揮する意志の強さや求心力は、誰もが一目置く。
恋人としても、そうだった。有名メガチューバーや東京支部長という立場や、それゆえ様々な制限があることに強く理解を示し、対応してくれる。ただ、言われるがままということはない。きちんと自分の願いや主張も伝えてくる。
与えられた制限の中で、それでも可愛らしい我が儘を言ってくるルーキーが、健気で、いじらしくて、愛おしかった。
だが、そうやって自分に合わせてくれていたルーキーが、今夜、初めてその誘いをキャンセルした。
メガキンにとっては事件だった。
だって、ルーキーはこれまで、この日時が空いているからデートしようと言えば、目を輝かせ、ほとんど二つ返事で了承してきた。今夜のデートの約束も同様で、本当に心底から嬉しそうに笑って、うん、とうなずいてくれた。なのに、彼女は理由もろくに告げないままドタキャンしたのだから、その衝撃はガルダインくらいのものだ。
「ごめんっ、メガキン! ちょっと今日、急な用事で行けなくなっちゃって……後でちゃんと理由を話すから!」
電話の向こうのルーキーは、何か慌てていたようだった。何かあったことに間違いないだろう。その上、理由も話すと言っているのだから、信じて待ってやればいい。
そうは思っているものの。いい歳をした男が、年下のカノジョとのデートがふいになったくらいで落ち込むなど馬鹿げているとわかってはいるものの――こんなにも自分の中でルーキーという存在が大きかったのだ、と。急激に自分の中に落ちてきた事実を、まだ受け止めきれぬまま、独りの時間ばかりが過ぎていった。
今すぐに、会いたい。
ぐしゃ、と自慢のアフロを握り締めたとき、メガキンのスマートフォンが震えた。メッセージアプリの通知音だ。弾かれたように顔を上げ、画面ロックを解除する。
『メガキン、今日はごめんねぇ~! いきなりシフトに穴が開いちゃって、しかも団体客の予約でさ~。ルーキーに無理矢理頼み込んだってわけ』
喋り声が聞こえてきそうなメッセージは、リリンからのものだ。
『今日デートの予定だったんだって? ほんっとごめ~ん! お詫びにこれあげるから!』
「なんっ……なんだ、これ」
わりとガチでキャラを忘れて呟いたメガキンが見たのは、一枚の画像だった。
ルーキーが、リリンの店の水着を着ている。あの、メイド服のデザインを取り入れたキワドイ水着で、耳まで真っ赤にして、カメラに向かって撮影を拒むように手を伸ばす画像が添付されている。
頭が、くらり、とした。
その存在の大きさを自覚したばかりの恋人の艶姿に、頭がどうにかなりそうだった。会いたい気持ちが高まって、健全な男子らしく欲情もして、だけどそれ以上に苛立っていた。
この水着は、夏の海で見たときの水着とは違う。客に見せるため、客に媚びを売るためのコスチュームだ。
――それを纏ったルーキーの姿を、カレシの俺以外が見るって? しかも、超エロい目で見るんだぜ? そりゃあないだろ。
電気の街の名に相応しく、夜になってなおもギラギラと輝く秋葉原へ飛び出す。
与えられた制限なんて振り切って、今すぐルーキーに会いたい。
会って、ハグをして、素肌を隠して、好きだ、愛してるって言って、今すぐ攫って、カノジョを俺だけのモノに――。
消し忘れたパソコンのモニターでは、編集途中のメガチューバーがハイテンションで喋り続けている。
まるで、今出て行った男とは別人みたいに。