冬の空気に長く曝されていた小さな荷物は、いずれもよく冷えている。
 本部から東京支部へ届いた小包は、九個。前もって通達を受けていた中身は、先般の活躍――アコライツの幹部とヴェニタスを討った活躍に対する殊勲賞として、中心メンバーへと贈呈される報酬だ。
 厳重に梱包されたそれらは、執事の福本が一つの箱にまとめて、アジトのシェアスペースにあるローテーブルへ置いた。
 中身と併せて配達される時間も通達されていたため、じきメンバーが集まってくる手はずになっている。せっかくの殊勲賞だ。受け取る九人のために飲み物や軽食の用意をしようと、福本はそのままキッチンへと入っていった。


 動画撮影用のスタジオを兼用しているシェアスペースは、少々の人数が入ったところで広さを損なわない。だが、いつもなら室内の思い思いの場所に座っているメンバーも、今日ばかりはローテーブルの周りに集まって期待に胸を膨らませていた。
「ねえ、そろそろ中身を教えてくれてもいいと思うんだけど?」
 業を煮やしたしおにゃんが腕を組み、メガキンへ視線を流す。
 メンバーは、リベレイターズ本部から殊勲賞が贈られることと、そしてそれが支部長のメガキンですら見たことも聞いたこともないと驚いた超豪華アイテムだ、ということだけを知らされていた。しおにゃんの言葉を皮切りに、他のメンバーも同意の声を上げ始める。
「オーケー! それじゃあお披露目といこうか!」
 メガキンはみんなを制止してから、福本から聞いている箱の蓋に手をかける。
「中身はなんと! 自分の好きな悪魔を指定して召喚できる、高グレード悪魔限定、召喚セレクターだ!」
 配信動画のように高らかに声を上げながら箱を開ける。瞬間、メンバーから一斉に歓声が上がり、
「待って。二つ足りない」
 しおにゃんの冷静な指摘で、すぐさまシェアスペースは水を打ったように静まり返った。
「いや、けど……さっき執事クンがバッチリ確認したって言ってたよな?」
 メガキンは箱の中身を出して数を確認する。確かに九個入っているはずの箱には、七個しかない。
「ええ……先ほど数えた際、きちんと皆さんの人数分あるかどうか確かめました」
 飲み物を配りに来ていた福本は、同意を求められるとすぐに答えた。
「――あ!」
 リリンが、パンッと音を立てて両手を叩く。
「悪魔の仕業ってこと、ないかなぁ?」
「ありえますね。召喚された中に、いたずら好きの悪魔もいますし」
 梨花がリリンを見て、うなずく。ソン・シャンがそれを受け、眼鏡をかけ直しながら、ああ、と納得した声を出した。
「はぐれ悪魔の可能性もありますね。ほら、ポルターガイストが起こした事件の例なんかもありますから」
「そういうことなら、ひとまずアジトを捜索するってことでどうかしら、メガキン?」
 青蘭の提案にメガキンが了承し、役割を分担し始める。
 ミートバルーンが、「俺はここで荷物の監視をしとくぜ」と、ローテーブルの側にどんと構えたのを合図に、メンバーはアジト内へ散らばっていった。
 ルーキーもそれに続こうとして――ふと、足を止めて振り返った。今の会話中、黙り込んだままでいたジュンユンが気になったのだ。
「ジュンユン?」
 声をかけてみるも、いつもの快活な笑顔はそこにない。浮かない顔で考え事をしているようだった。
「……ルーキー、私と一緒に来てもらえますか?」
 わずかな間の後、何かを決意したらしきジュンユンは真正面からルーキーを見た。もちろん、と返すと、ようやく少しだけ微笑みを浮かべた。


 ジュンユンの足は、迷いなく地下へと向けられた。
 アジトは、地下にも様々な施設や部屋が存在する。だが、下り階段へと差しかかったときにはもう、彼が何を考えてどこへ向かっているのか、ルーキーも理解していた。
 召喚所のドアは、薄く開いていた。そうっと中に入ると、召喚器の前で立ち尽くしている有紗の後ろ姿があり――まるで二人がここに来るのを予期していたように、声をかける前にこちらを振り返る。
 振り向いた有紗を見て、ルーキーは息を呑んだ。
 成長しきらぬ肢体は折れてしまいそうなほどに華奢で、大きな眼は愛らしく、きめ細やかな白い肌やふわりとした色素の薄い髪は美しい。それでいて儚さと愁いを帯びる給仕姿の少女は、今日に限ってはいつも以上に寂しげで、人形じみた雰囲気をまとっている。
「有紗、それを返してもらえますか?」
 対してジュンユンは、いつもと同じ、健康的ながら優しい笑顔を浮かべて近づいた。要求こそストレートだったが、その声に怒りや強制の響きはない。
 有紗は、迷いなくジュンユンに右手を差し出した。
 ジュンユンのたくましい手と比べるとまるで幼子のそれのような小さな手のひらには、シェアスペースから消えた二つの召喚セレクターが握られていた。
「ごめんなさい……」
「そうですね、勝手に人の物を持って行ったのは、良くなかったかもしれません」
 うつむく有紗の視界に入ろうと、ジュンユンはできるだけ低く屈んだ。そうして窘める言葉を言いながら、召喚セレクターに手を伸ばす。
「でも」
 それを持つ小さな手のひらごと、両手で柔らかく包み込んだ。
「もしも私が有紗なら、きっと同じことをしました。……ご両親に会いたかったのですね?」
 びく、と一度肩を震わせた有紗は、やがてゆっくりとジュンユンを見つめ、首を縦に振る。
 有紗の両親は、召喚に失敗して魔法陣の中へと消えた。それ以来、彼女は召喚の度に両親が帰ってくるかもしれないと淡い期待をしている――だから。
「悪魔を選べると聞いて、これならパパとママを呼び出せるかもって思ったの。でも、だめでした」
 その声を聞いたルーキーは、唇を真一文字に結んだ。
 だめでした、と呟いた声は、いつも通り静かで、あまり抑揚がない。けれど今は、それがひどく悲痛に思えて、自分でも知らないうちに、ひとしずくの水滴が薄暗い召喚所の床を濡らしていた。
 本当は、きっと、もっと、辛いはずなのに。
「ルーキー……どこか痛いの?」
 音も声も立てなかったはずの涙に気づいた有紗が、大きな瞳に少しの驚きを浮かべ、首を傾げた。
「いえ、ルーキーはきっと……有紗が泣かないから、泣いてるんだと思います」
「私のため、ってこと……?」
「ええ、そうです」
 ジュンユンの言葉を聞き、有紗は彼の手からそっと手を抜いて、ルーキーへ近寄る。
「――ありがとう、ルーキー」
 ルーキーは三粒目の涙を指先で拭ってから、目の前でかすかな笑みを浮かべる小さなメイドを抱き締めた。


 有紗を連れてシェアスペースに戻ったとき、ヒミカや福本、ヴァギトを含めたメンバー全員が揃っていた。ジュンユンとルーキーが事情を説明すると、有紗は召喚セレクターをメガキンに渡して、「ごめんなさい」と頭を下げた。
「そういうことだったのか……」
 メガキンが難しい顔で、受け取ったセレクターと三人を見比べる。少ししてから、有紗の頭にポンと手を乗せ、笑顔を見せた。
「それで? セレクターは二つ程度で足りたかい?」
 叱られるかと思っていたジュンユンとルーキーの表情が明るくなる。有紗は、パチ、と瞳を瞬かせた。
「そうよ、お姉さんに相談してくれたら、これくらいどーんと譲ってあげたのに」
 青蘭が扇子を広げ、赤い口紅の塗られた唇を柔らかく持ち上げる。
「有紗ちゅん、よかったらアタシのもあげる。その代わり今度デートしよ!」
「スキンシップが激しいので、気をつけた方がいいですよ」
「え~これは巫女さんがエロい格好すぎるのが悪いんだってぇ」
「そういうことばっか言ってると、またリリン専用の結界張られるよ」
「……しおにゃん……!」
 リリンがヒミカに迫っている横で、しおにゃんが深めの溜息をついた。日頃ツンツンしている彼女だが、この件で有紗を責める気は皆目ないらしい。その後ろで、ミートバルーンが感激してサイリウムを振っている。
「私のセレクターも使ってくれていいんですよ。サバゲーでは装備に制限のある縛りルールもあります。欲しい悪魔は自分の力だけで手に入れる『縛り』……それもまた燃えます」
「そういうことなら、俺もセレクターには頼らずに自分の力を試すっていう『縛り』もアリかな」
「装備でしたら貸しますよ。一式揃えていますから、どんな制限でも対応できます」
「いや、俺はサバゲーの話をしたつもりはないんですけど……」
 話の食い違うシャンと梨花の様子を眺め、肩をすくめたのはヴァギトだった。
「まったく……銃器があると信じていたことといい、変わった娘だ……」
「貴方も変わっていますよ、ヴァギト」
「それを君が言うのか……?」
「お互いさま、というやつですね!」
 ジュンユンがははは、と豪快に笑うと、ヴァギトは人にはわからない程度の微笑みを浮かべた。
「お父さんやお母さんの代わりにはなれないけど……」
 怒られると思っていたのだろう、いささか拍子抜けしてポカンとしていた有紗の隣に、ルーキーが屈み込む。
「ここには、叱ってくれたり、許してくれたり、心配してくれる仲間がいるよ」
 同じ高さで目を細めたルーキーを見つめ返して、有紗は静かにうなずいた。
「それに……泣いてくれる仲間も、いたわ」
「あっ、それ、みんなには内緒で……」
「ふふ、ジュンユンと、ルーキーと、私だけの秘密ですね」
 少し気まずげにはにかんだ様子がおかしかったのか、彼女が表情をほころばせ――ルーキーはそれを見て、目を大きく見開いた。
「有紗、皆さまのお祝いの準備が残っているので、手伝いをお願いします」
 福本が声をかけると、有紗は、わかったわ、と返事をする。
 キッチンへと入っていく執事とメイドの後ろ姿を見ながら、飲み込んでいた感嘆の息を静かに吐き出す。
 心からの笑顔を見たのは初めてで、そして、それがとても可憐だったから――あの笑顔がもっと見たい、もっと増えればいいと、そんなことを思いながら、ルーキーは仲間たちの輪に戻った。

朋友 :2020/02/09
リリース2周年おめでとうございます!(大遅刻)
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