pray for you


「ご武運を」
 青く引き締まった痩身の背に別れの挨拶を送ると、いつもなら振り向くことのない英雄が、どこか不満げに顔だけをこちらを向けた。
「……お気を悪くされましたか、光の御子」
「いいや、そういう挨拶自体は悪くねえ」
 抑揚なく問いかけると、表情とは真逆の答え。唇を尖らせ、どこからどう見ても好感情には見えず、シスターの皮を被った女が首をかしげた。
「けどアンタの場合、いっつもこれが最後だって言い方に聞こえちまうんだよな」
 オレがマスターからどういう指示を受けているか知ってるだろ、と、その瞳が謳う。短めのリードをつけられた猛犬は、確かに全力での戦いを許されてはいない。
 なるほど、つまるところ――
「皮肉に聞こえましたか」
「そうだな、慇懃無礼ってやつだ」
 よかれと思っていた挨拶が、どうにも裏目に出ているらしい。ふむ、とシスターが口元に手を当て、考え込む。
「ですが、今生の別れと思って挨拶していた方が、何か起きたときに未練が残らないでしょう?」
「へえ」
 青い頭髪は不機嫌に揺れて、今度こそようやく体ごと振り返る。あまり面と向かって話すことのなかった相手――それも、過去の偉大な英雄だ。まして気分を害した英雄の威圧に、知らず気圧されるような緊張が走る。
「それじゃまるで、オレが他のサーヴァントにやられちまうみたいじゃねえか」
 シスターは答えなかった。答えることはできたが、敗戦を喫する様を想像したことは不敬にあたると判断し、押し黙っていた。
 わずかな沈黙の後、青い槍兵は自嘲気味に肩をすくめた。
「……ま、今のオレに勝利はねえ。それは事実だな」
 やれやれとかぶりを振る姿を見て、ほのかに胸が痛む。
 彼のマスターは、これほど好戦的な獣を飼い殺しにしていた。その口惜しさや虚しさは、毎晩出撃の際の背中から十分ににじみ出ている。
 だが、あの神父の思惑には必要なことだ。
 シスターが抱く英雄への敬意と、神父が描く勝利への方程式とは、決して相容れない。
「けど、それじゃあなにか? アンタは、オレとの死に別れを寂しく感じるとでも?」
 この英雄は、とてもよく表情が変わる。今度は試すように悪戯な顔でこちらを見ている。寂しいなどと言えるはずもなく――シスターは目を背けず、心だけを背けて、もう一度「ご武運を」とだけ答えた。
「ま、ガードの固い女も悪かねぇか」
 やはり不満顔を浮かべたのは一瞬。ケルトの英雄は、にっと歯を見せて笑い、そのままひらりと手を振って夜の闇へ消えた。
 別れが恐ろしいのは事実だが――彼には、見送ることしかできない自分と死に別れできるほどの戦をしてきてほしいとも願っている。
 だが、自身もまたかの神父にリードをつけられた身だ。それを望むのは許されない。
 ならばせめて、と。シスターらしく神の御前で両手を組み、その武運を祈るのだった。

(2017/01/21)
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腐った林檎


 自身は反英霊の身なれば、《多少の悪事》も当然のことで、ならば、この手が女一人殺すことなどたやすく、もはや何も感じはしない。ゆえに、あともうほんのわずか指先に力を込めれば、銃弾は女の眉間を撃ち抜く。
 だと言うのに、この手は――いや、腐り落ちたはずの記憶が、それを躊躇わせた。
 殺すことに覚悟がいるほど、この女に価値があったとでも言うのか。それは、自身の記憶か、腐っていない方の自分の記憶か。確かめる術などない。確かめる術などないが、確かめたところで何一つ変えられることなどありはしないのだ。
 なぜならば、自身は反英霊の身。なれば――女一人殺すことなど、

(そしてまた、熟れすぎた果実のように。オレは、己への憎悪ゆえに内側から腐ってどろどろと融け出していくのだ)

(2017/04/21)
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堕ちていく


 噛み付かれるような魔力供給に苦痛以外の感覚が芽生え始めた頃、無意識に縋るようにして伸ばした黒い肌に、玉の汗が浮かんでいることを知った。
 余裕がなかったのはわたしばかりではないのかもしれない。そう思ったとき、まるで何かを察したように金色の瞳が嗤い、「欲しがりなアンタを満足させようと思うと、骨が折れるんだ」と意地の悪い声が聞こえた。
 内側は腐り融けていると言う彼の鋼の肉体はひどくたくましく、投げかけられてくる言葉はひどく皮肉で、わたしはそれらにただ翻弄されるばかりだというのに――だというのに。
「『させられてる側』なんていう認識は、そろそろ捨てた方がより愉しくなると思うがね」
 静かに告げてくるから、わたしの頭はくらくらと倒錯に傾く。
 諦めたような吐息が自分の口からこぼれて、それがいやに淫蕩さを感じさせて、でも認めてしまいたくはなくて。なのに、目を逸らすことも耳も塞ぐことすらこの守護者は許してはくれないから、わたしは彼の背中に腕を伸ばした。
「はじめからアンタはそうしていればよかったんだ。堕ちるのなら早い方がいい。――オレと同じで」
 気をよくした彼が褒美のように、気まぐれな優しい触れ方をしてくる。嘘みたいに震えた自分の体の奥から、恥ずかしさとと同じだけの快楽が湧き上がった。
 堕ちたあなたを追いかけるためなら、わたしももっと奥深いところまで堕ちていくから――だからどうか、わたしの中も融かしてほしい。何もかも融け落ちて、元の形もわからないほどあなたと混ざり合ってしまえばいい。

(2017/05/23)
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Dearest Romani


 ああ、あれのことか。いいとも、話してさしあげよう!
 元々は魔術師として素人同然の立香くんに、少しでもサーヴァントに親しんでもらえればと開発したものだったのさ。あんなお遊びみたいなアプリだったけど、意外と苦労したんだぜ? ほら、あのとき人理修復直後だっただろう? 色々忙しい中、なんとか当日に間に合わせようと思ってね。
 え? エンディングであいつが手を振っていたって? いや、そんなプログラムは組んでいないよ。ノリノリで関わってチュートリアルにまで登場したくせに、……結局、途中までしか開発に参加できなかったからね。それでもフォーマットは出来上がっていたから、あとはサーヴァントデータを突っ込んでクロージングして、それでエイプリルフールに公開したのさ。つまり、そんな仕掛けをする暇すらなかったんだ。それに、そんな報告は立香くんや他スタッフからも聞いていないけど、でも、もしそれが本当だとしたら……


 ――その後、ラボには重たい沈黙が流れた。
 あのアプリの話を聞きたいと、私が突然言い出した真意に気付いてくれたのだろう。一年間、怖くて誰にも確かめられずにいた私の泣きそうな顔を見て、目の前の美しい人は、あの絵画のような穏やかな微笑みを浮かべた。
「そうだな、もし……もしも、あいつがお別れを告げるために君の端末にのみ現れたのだとしても、それを運命だと呼んでやる必要はないさ。君の望む運命は、別の結末だろ?」
 その言葉へとうなずいた拍子に、堪えていた涙がついにはらはらとこぼれた。
 ありがとう万能の人、あなたの言う通りです。

 だって私はまだ、彼が生きているという運命を諦めてはいないから。

(2018/03/18)
#リプきたセリフで小話を書く というタグでいただいた「運命だなんて呼んでやらない」というセリフより
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