ここは愛と情熱の国ドレスローザ。――の、王宮内にあるプール付き庭園。プールサイドに置かれた大きなソファの上で、一人の少女が横たわっている。仔細に述べれば、酩酊して熟睡しているといったところだ。
 その、自身のファミリーの幹部でもある少女を上から見つめて、ドレスローザ現国王であるドンキホーテ・ドフラミンゴは浅めに嘆息した。
 今日は、日付が変わる前からいつにも増した無礼講だった。ファミリーの人間だけではなく、国中、王宮内の人間が今日という日を祝して飲めや歌えやの大騒ぎをしている。もちろん一番無礼講を堪能しているのは、ファミリー幹部の者たちだ。誰彼が時間を問わず飲んでは寝て、寝ては起き、起きては飲みといった宴がこのプールサイドでは続いている。いや、実際のところ、続いているどころか始まってまだ間もないのだ。
「……なァ、潰れるにはさすがにちょっと早くねェか?」
 乾杯の直後から、この少女にしては飲酒のペースも早く、量も日頃よりはるかに多かった。楽しんでいる証拠だと思えば主賓として悪い気はしなかったが、結果として、正式な祝宴の開始からまだ二時間ほどしか経過していないというのにこの有様だ。今日が何の宴か、ということを思えば、ドフラミンゴとしてはこの状況にはいささか首をかしげる以外になかった。
 それでも、ある意味において、天真爛漫な顔を持つこの少女らしさとも言える。他の幹部たちに見つかれば、軽い皮肉のひとつも言われるかもしれないが、彼女ならば朗らかに笑って気にも留めないだろう。
 そのせいか、依然として眠る姿を見下ろすドフラミンゴに不機嫌さはあまりない。どころか、フフ、と閉じた口元から独特の笑いがこぼれた。
 すると、まるで打てば響くかのごとく、少女が身じろいだ。
「わか、さまぁ……」
 夢の中に落ちたまま、自身の名がささやかれる。
 これまで親身に世話をしてやったのだ、彼女の夢に自分がいることそのものは不思議ではないだろう。だが、寝言というのは、なんとも劣情を煽る響きを孕む。
 一瞬、らしくもなく動揺し――すぐに、そんな自身を叱咤する。
 畜生の自覚を持ち、それを地で行くドフラミンゴではあったが、自身のファミリー幹部は家族以上にその身を案じ、大事にしてきたつもりだ。さすがにそのファミリーに属する女相手に発情したことはなかった。ましてや、ベビー5同様に幼い頃から育ててきた少女だ。確かに魅力的な成長を遂げたとは思うが、だからと言って、ほんのわずか一瞬でも平常心を揺さぶられた自分を許すことはできなかった。
「おれも、少し飲みすぎたか……?」
 口元を手で覆い、くぐもった呟きをこぼす。
 少し冷静になろうと、大きなソファの、少女のいない側へ腰を下ろした。その揺れが覚醒を呼んだのか、ちょうどそれと入れ替わるように少女が上半身を起こし、眠たげに目をこする。
「ん……若様?」
「……起こしたか。悪かったな」
 首を横に振って、少女は再びぱたりと倒れ込む。
 今のドフラミンゴにとって問題だったのは、倒れ込んできた先が自分の太ももだったことだ。先ほどのことがなければ、特に何らの問題はなかったのだが、今はまだ、心が少し浮ついている。
「おれを枕にする気か? お前もとんだ大物になったモンだ」
 皮肉を言いながらも、腿にすり寄せられる頬の感触がいくらか気がかりだった。
――本当に、教え込んだ通りに男への媚び方を覚えやがって。
 一人で生きていけるように、ファミリーあるいは自分の役に立つようにと、知識も教養も戦い方も、その上、女としての振る舞いも教えたのは、確かにドフラミンゴたちだったが――それが、まさか自分に返ってくるとは思ってはいなかった。
 今度のため息は深めに吐いて、飲みに戻るかと立ち上がりかけたところを、「わかさま」と舌足らずな声に止められる。目線を落とせば、酩酊状態で、頬を上気させた少女が自分を見上げていた。
「若様……あのね……」
「……なんだ」
 今、この状況で妙なことを言われては、さしものドフラミンゴも多少なり困る。その警戒心が表に出たのか、返答はややぶっきらぼうに響いたが、取り繕う気は皆目なかった。
「おたんじょうびおめでとう、ござい、ます……」
 桜色の唇が紡いだのは、人生の中でも一番蠱惑的に聞こえた、しかしひどく健全な言葉だった。浮かび上がった複雑な心情とともに、ドフラミンゴは持ち上げかけていた腰をソファへと落ち着ける。
 そう、今日は自身の生誕祭ゆえの無礼講なのだ。
 誕生日の宴だから、今日の自分は特別心が動きやすいのかもしれない、と思い直すと、いくらか気持ちが楽になった気がした。
 ドフラミンゴの心をほんのわずかに乱れさせた犯人は、言い終えるや否や寝息を立てている。
 さすがにこのままにしておくのも気が引けて、着用していた桃色のコートをかけてやる。すると、ふわふわしたコートに包まれ嬉しそうに、少女は言った。
「若様、だあいすき……」
 その声色と、太ももをくすぐる寝息と、幸せそうな微笑みの、なんと甘いことか。
 ドフラミンゴはたっぷりと時間をかけて、目元を覆うようにサングラスを持ち上げる。そうして吐き出された三度目のため息は、本人を祝う楽しげな宴の中で、はあ、と大仰に響いていた。

Sigh :2016/10/27
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