「えっ、ちょっと待って!」
「も~、さっさと撮るよぉ!」
「待ってよ優香! わたし、まだちょっと準備が……」
これだから、コギャルどもは――。
プリクラ機の一台がやけに騒がしいのに気付き、近くまで寄ってきた店員は、眉間に皺を寄せる。
若い少女独特の甲高い声は、安い時給で働く彼を不快にさせた。だが、そもそもゲームセンターは賑やかなものだ。加えて、少女らが別段他の客に迷惑をかけているわけでもない。要するに、ただ彼が個人的にコギャルに対して嫌悪感を抱いているだけのことだった。
「あ~も~しょうがないなぁ。やったげるよ」
「ホント? じゃあ、お願い」
「アヤセちゃんに任せときなってぇ」
声と、カーテンの下から覗く足元から察するに、プリクラ機の中にいるのは二人だ。化粧直しでもしているのか、和気あいあいとしている。
しばらく様子を見て、あまりに時間がかかるようであれば、店への迷惑行為として一声かけようと決意する。
彼がコギャルを嫌いになったのは、三ヶ月ほど前のことだ。
ちょうど今の少女らのようにプリクラを撮りに来てきたグループの中の一人に、淡い恋をした。グループ内では比較的大人しく、控えめだが笑顔の愛らしい少女だった。
少しでも近付いてみたくて、会釈し続けた結果、次第に挨拶を交わすようになり、来店の度に二言三言話す間柄となっていった。
更に距離を縮めたいと願った彼が、意を決して連絡先を聞こうとした、そのときだった。
「ちょっとさー、この子が優しいからって近付かないでほしいんだけど」
「下心大アリって感じで気持ち悪いんだよね」
「あんたなんか興味ないし」
周りにいたコギャル達からまくし立てられた後に少女を見ると、まるで隠れるようにして立ち、顔を俯かせたままだった。
それ以降、少女はこのゲームセンターに訪れていない。今となっては、少女自身がどう思っていたのかも窺い知ることは出来ない。
ただ、彼の恋心をコギャルに砕かれてしまったことだけは、事実だった。
それから彼はコギャルに、特にプリクラを撮りに来るコギャルにいい顔をしない。幸いにも、直接関わり合いになるような業務は無く、時折機械の不調などで声を掛けられる程度で済んでいるが。
「――で、アヤセ達の横にスタンプ押してぇ、完成~!」
「可愛く撮れたかなぁ?」
物思いに耽っている間に、どうやら中のコギャル達は問題なく撮影を終えたようだ。
出てきたのは、やはり二人の女子高校生だった。
一人は、茶色の頭髪で、口元にほくろのある少女だった。どうやらコギャルではないらしく、清潔感のある制服の着こなしをしている。彼女は出てきた途端、どこか慌てた様子でお手洗いの方向へ走っていく。
そして、もう一人は、見事に脱色された金髪を頭の高い位置で二つに括った少女だった。ミニスカートにルーズソックスと、コギャルと呼ぶに相応しい風貌をしている。彼女はつかつかと彼へ寄ってきて、猫にも似た気の強そうな目を向けると、甲高い声で言った。
「ねえねえそこのおにーさん、ハサミ貸して~」
なんとなく身構えていた彼は、そののんびりした口調に毒気を抜かれる。すぐに気を取り直し、言われた通りにハサミを貸すと、少女は「ん、ありがと」と手短な返事で受け取った。
「優香、ハサミあったー?」
「お店の人が貸してくれた~」
連れの少女が戻ってきて、プリクラを切り分けている隣に並ぶ。出来上がりを受け取ると、赤いリボンがアクセントになったセミロングの髪が肩の下で嬉しそうに揺れた。
彼女は、はたしてこんな髪型だっただろうか。
少し遠巻きに様子を見ていた彼が、茶髪の少女に何か違和感を覚える。そこへ、金髪の少女はやはりつかつかと歩いてきた。
「ちょっとぉ、何見てんの?」
しまった、と思ったときには既に遅く、少女はいささか怪訝そうな顔をしていた。途端に、あの苦い思い出がよみがえる。どう言い繕うか迷っていると、意外にも彼女は人好きのする笑顔を浮かべた。
「まあ、アヤセたち可愛いし~見とれちゃう気持ちは分かるけどぉ。な~んてね」
言いながら、ウインクを一つ。そして、礼を言いながらハサミを差し出したかと思えば、二歩ほどローファーを履いた足を進ませる。そばかすのある頬が触れられるほどの距離まで近付かれ、かっと全身の体温が上がる。
「これ、トクベツだかんね。いつもごくろ~さま」
少女は更に至近距離まで近付き、悪戯に微笑む。そして、ぺたり、と、手にしていたプリクラを一枚、わずかに紅潮した彼の鼻先へ貼った。
「さっ、園村行こっか!」
「うん! ピーダイで何か食べよ!」
「アヤセ、ポテト食べよっかなぁ」
くるりと振り返り、園村と呼ばれた少女の元へ向かう後ろ姿を見ながら、彼はますます顔を赤くしたまま立ち尽くす。
ややあって、貼られたプリクラを鼻から外して眺めて、茶髪の少女に抱いた違和感の正体が分かった。プリクラを撮影する瞬間だけ、髪型をお揃いにしていたのだ。だから、すぐに鏡の前まで、身だしなみを整えに走ったのだろう。
だが、彼には、同じツインテールでも、金髪の少女にしか目が行かなかった。
なかなか赤みの引かない顔を手で覆い、彼は溜息をつく。ややあって、鼻の先に貼られたシールを指に取った。
少女の名は、「あやせゆか」と言っただろうか――まさか、再びコギャルに心を奪われる日が来ようとは。
プリクラの中では、ひどく魅力的に見える悪戯な表情を浮かべて、彼女が笑っていた。