実に重要性の低い手紙だ。
 挨拶は決まって『南条、元気してるー?』で始まり、『じゃーね、風邪引かないよーにね』で締め括られる。
 内容は俺があまり見ないバラエティー番組や映画、最近読んだという書籍についての小学生並みの感想文。お勧めのアーティストや日常のこと、通っている料理学校の授業について。
 そのような有り触れたことで、まだ高校生をやってるのではないかと思うような、少女らしいファンシーな便箋を埋め尽くしてある。
 最近、俺が英国にいることを思い出しでもしたのか、それらしいエアメール風の封筒を用いるようになった。だが、白いシンプルな便箋には相も変わらぬ徒然とした日本語がしたためられており、そんな矛盾が妙に馬鹿げていて面白いのだった。

 別段緻密でも頻繁なやり取りでもなかったが、会話の延長のようなこんな手紙を始めて、もうそろそろ二年になろうとしている。


     *  *  *


 夕刻、大学の講義を終え、美味なダージリンが置いてあるカフェのオープンテラスで一息をつく。英文の小説を数十ページ読んでからイギリスでの我が家へ帰った俺に、使用人が届いた手紙を渡してきた。二つ返事で受け取ると、夕食までを自室で過ごす。
 まだ鼻腔に残る紅茶の香りを楽しみながら、受け取った手紙に目を通していると、見覚えの少ない字が目に入った。それなりに整った字体で綴られた宛名は"K.Nanjoh"――間違いなく、俺宛のものだ。
 裏を返すと、女性的な書体で差出人の住所と名前が書いてあった。

「Sumaru……ほう、浦中も御影町から珠閒瑠へ越したのか」

 浦中紗那。俗に言うセベク・スキャンダルの起きたあの年、聖エルミン学園でクラスメートだった女子生徒だ。
 上杉や黛、桐島と親しく、その流れで、他の生徒に比べれば親交も深かった。実に普通の今時寄りな女で、稲葉や綾瀬などとも馬が合っていたらしい。特記すべき性格は無いものの、あの“アクの強い”連中の中においても芯の強さを見せていた。
 事実、あの騒動の中でも、不安な色を押し隠して、状況を前向きに捉えていたことは随分と意外だった。例の“ペルソナ様遊び”の際にペルソナ使いとしても覚醒しており、黛らと共に学園を守ろうとしていたという話も聞いている。

 そんな浦中という同級生からの手紙。
 内容自体は、引っ越した旨だけを伝える愛想の無い短いものだった。そのため、添えられていたEメールアドレスに手紙を受け取ったという確認の文章だけを打ち、送信しておいたのだが――翌週だっただろうか、再び奴からメールではなく、手紙が来ていた。

「何故、手紙なのだ?」

 俺はつい口を突いて出た疑問を、電子メールに託して送信した。
 そして、やはり手紙で返事が来た。
 通常、手紙というのはもっと形式ばって書くものだとばかり思っていたが、彼女のそれは、喋っている言葉をそのまま記しているようだった。

『最近、手紙っていうのが大事だと思ったんだよね。手書きの日本語なんて、そっちだとあんまりお目にかかれないんじゃない? まあ、天下の南条圭様なら寂しがる、なんてこともないだろうけど』

 一通り読み終えた手紙を机の上に置き、酷使していた目を休めるべく眼鏡を外す。ソファの背もたれに背を預けて、親指と中指で目頭を押さえていると、体を少し平仮名の『く』の字型に曲げ、手を軽く叩きながら笑う癖があった浦中の姿が闇に浮かんだ。
 あの女はくしゃっと顔を歪ませて、上杉の馬鹿笑いに呼応するような高い声で笑うのだ。
 一応恥じらいを持っているらしく、開けた大口を隠す手のひらや、笑いすぎて目尻に溜まった涙を指先でそっと払う仕草。その後決まって掻き上げる前髪。それら一つ一つが鮮明に、まるでつい今し方起きた出来事のように思い出せる。
 縁の細い眼鏡を掛け直し、目をもう一度手紙へと向けた。

『気乗りしないなら、別に返事とかしなくていいよ。返事が欲しくて手紙書いてるわけじゃないから』

 手に乗せた薄い紙からは、日本の土の薫りが香ったような気がする。そんなはずがあるまいと分かっていても、郷愁の念がそう感じさせたのだろう。

『でも、帰ってくるときはメールでいいから知らせてね! 結構みんな近くにいるから、プチ同窓会しようよ。エリーも秀彦も忙しい仕事してるけど、早めに言ったらきっと都合つけてくれるし』

 奴とて決して暇なわけでもなかろう。しかし、その暇でない時間を割き、言葉を考えてペン先を動かし、切手を貼って封を閉じて郵便局に届ける。そうして今、浦中からの手紙がここにある。
 ――なるほど。
 無機質な文字の羅列であるメールでは感じ取れない、温かみのようなものは感じられるかもしれん。

「そういうことであれば、まあ付き合ってやらんでもない」

 誰へともなしに独白し、机の引出しから上質紙のレターセットを取り出す。
 年始の挨拶などを除き、手紙を書くという行為は実に久しい。加えて、ノートを取るにも知人と語るにも英語を用いている現在、久しぶりに綴る日本語は意外にも悪くない心地がした。


     *  *  *


 手紙のやり取りは、メインストリートが紅葉に色付こうかという秋の入りから始まった。そして季節は移ろい、気付けばイギリスで迎える二度目の夏が訪れようとしている。
 暑さから逃れるよう白壁の文房具屋へ入り、新しい筆記具とレターセットを買った俺は、まだ日の傾かないストリートを歩いてカフェテラスへ向かう。欧米人によく見られる気さくな挨拶に会釈を返し、大きなパラソルの下の一席を陣取った。
 気付かぬうちに通い詰めているらしく、既に店員とは顔馴染みだ。何も言わずとも透き通った美しい紅色の茶が出される。それにはまだ手を付けずに、鞄の中から一通の手紙を取り出す。
 昨晩届いていた、日本からの手紙――封はまだ開けていない。
 一緒に出しておいたペーパーナイフで、慎重に封筒の口を切った。手紙が届き、それを開ける瞬間の何とも言えない照れ臭さが、実に好ましく感じる。
 アイボリー色の封筒に、上質で分厚い揃いの色の便箋。黒いインクで書かれる文字は、変わらないようで毎回異なっていて、おそらく本人すら気付かない感情の変化を表しているのだろう。基本的には角張っている文字を追いながら、ティーカップに手を伸ばした。

 毎度の如く『南条、元気してるー?』から始まる手紙。書かれていることは、本当にどうでもいいことばかりだ。
 テレビ番組に出ている上杉のギャグが相変わらず寒く、見ている自分が辛くなるのだとか、それでも人気が出てきて嬉しいだとか。桐島が雑誌の見開き一ページに写っていて、思わず友人に自慢しただとか。迷惑なことに、もう一冊買ってそのページを俺に送り付けようと思っているだとか。
 俺にとってはどうでもよかったし、知っても何ら日常に変化のないこと。
 それでも俺は、手紙を出してからの数日間、返事を心待ちにしている。何よりも、返事を書くことを楽しいと思うようになった。それらは認めたくない感情ではあったが、そう自覚してからというもの、山岡が昔言っていた言葉をよく思い出すようになった。

 言葉を交わすことは、何にも勝る心を動かす術だ、と。

 飲み終えて空になったカップへ、横に置かれていたティーポットから紅茶を注ぐ。そうしてから徐にテーブルを片付け、パラソルを介しても眩い夏めいた陽射しの下で、新調したばかりの便箋を広げる。
 陽光を受けて輝く銀のペン先を回して芯を出し、黒のインクを少しばかり拭き取ってから手紙を書き始めた。

『長期休暇の間、日本へ戻る。どうせ暇を持て余しているだろうから、顔の一つでも見に行ってやろう』

 そう、会話の延長のようなこんな手紙を始めて、もう二年なのだ。
 顔の筋肉一つの動き、あらゆる感情を乗せる瞳、喋るたびに動く唇。そうした一つ一つを見ながら、内容の無い話で戯れるのも悪くはなかろう。

Letter from Japan :2006/08/12
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