轟音とともに揺れる地面で、足元が大きくぐらつく。バランスを取ろうと体に力を入れた瞬間、過去に因縁を持ち、未来に生きようとする若者たちとの戦いによってついた傷に激痛が走り、思わず顔をしかめた。
神取鷹久は、深い海の底で二度目の死を迎えようとしていた。
この、命が果てようとする際の痛烈な感覚は、二度目だった。一度目は三年前。思い返したのは、御影町で自らが起こした事件だった。
神になれば、全てが得られるのだと思っていた。自身のあらゆることが認められ、肯定され、誰もが己を恐れ、崇め、称えるのだと信じていた。
だからこそ謀り、奪い、壊した。愚かな人から抜け出し、神となった。
だが、得られたものは望んでいたものではなかった。ただの『神の座』でしかなかった。結局は、何も変わらなかったのだ。精神的な孤独を満たすものなどはなく――むしろ、同じ孤独ならば、神になりたいと野望を持っていたときの方が、まだ救いがあったかもしれない。
目的を達成した瞬間の、あの虚しさを、神取は忘れられなかった。
「少年、一つ問う」
三年前、神取は数名の高校生によって討たれた。
彼らと直接対話をしたのは、記憶にある限り数回だ。それでも、ある少年がいつも先頭に立ち、剣を振るっていたのをよく覚えている。
外見も性格も、さほど目立つタイプではなかったように思う。やや癖のある青みがかった髪と、片耳にピアスが光っていたことくらいだろうか。他のメンバーに比べてみれば、凡人と評して差し支えはなかっただろう。
ただ。ただ、あの少年の眼差しは、いつもまっすぐだった。
「君は何のために生きている」
神取は、何も手に入れられなかった。
神の座を得る前も、得た後も、手に入れたものは全て空虚だった。
地位や名誉のようなまやかしばかりに惑わされてばかりの他人。誰も彼もが形ばかり、名ばかりに気を取られ、中身など何もなかった。他人の顔色を見て、自分自身の意思もない。真のものなど何もない。見えないものに流されるまま、ただ無意味に生きるだけだ。
人間など、愚かでしかなかった。
だが、神になったはずの自分も、結局何も変わらなかった。結局は自分も、ただの人間でしかなかったのだと思い知らされただけだった。
「何ゆえ戦う。何ゆえの生だ?」
心が乾いていた。
唯一の拠り所だった野望を果たしてしまった神取は、生きる意味をついに失い、眼前に現れた強い瞳を持つ少年に尋ねた。
――答えが、ほしかった。
そして今――あのときの彼と同じ強さで未来を見んとする少年によって、再び答えを得た神取はひどく充実していた。
「……私は、また君達に救われてしまったな」
自嘲のつもりで呟いた言葉は、想像以上に柔らかく、人知れず地鳴りの音にかき消されていく。
遺跡の揺れは一層強さを増していた。地面は大きく割れ始め、あちこちの裂け目から海水が漏れ入ってきている。
この遺跡の命も、自身の命も、もうあとわずかだ。
せめて自身を討ち果たした者たちの無事を祈ろうと、崩壊する遺跡の天井を仰視する。そうしていると、とどめを刺すように、遺跡に大きな音が響いた。海水が足元を浸していき、今度こそ足を取られそうになったのを、誰かがそっと後ろから支える。
「神条様……いえ、神取様……」
支えていたのは、ともに彼らに戦いを挑み、敗れたはずの石神千鶴だった。彼女の傷も相当痛むだろうに、神取を支える力は揺るぎない。
地面に溢れ出した海水が、その嵩を増やしていく。もう立っているのもやっとだ。だが、海水がこの空間を満たすのと同時に、不思議と心の渇きも満たされていくような気がしていた。
「昔、ある少年に生きる意味を問うたとき、『その答えを探すためだ』と答えたことがあった……」
「……神取様は、答えを見つけられたのですか?」
「ああ、どうやら答えを持って、君と黄泉路を歩けそうだな」
死に直面しているはずの千鶴の表情は、なぜだかひどく優しかった。おそらくは、自身も同じような顔をしているのだろう。
「先は長くなりそうだ。いささか気恥ずかしいが、思い出話でもしながら往くとしよう」
「はい……どこまでもついてまいります」
手を取ってやると、千鶴ははにかみながら嬉しそうに微笑んだ。
ああ、虚しさが、乾きが、満たされていく。
水の流れ込む音と地崩れの音に支配された空間で、二人は言葉なくその命を終えていった。