衣替えの季節である。南条家では6月と10月に実施されるそれを、南条はこの秋初めて一人で行うことにした。
 冬服ということもあって、使用人に持って来てもらった衣類ケースの量が思いのほか多く、ほんの一瞬だけ一人でやると言ったことを後悔する。だが、男に二言はない。南条は少しずれた眼鏡を指で持ち上げると、腕まくりをしてひとまずクローゼットにある夏服を出すことから取り掛かった。
「圭様、失礼いたします」
 正午、ようやく主な場所から夏服を出し終えた南条は、昼食を挟んで冬服の収納に着手――しようとしたとき、使用人がいくつかの紙袋を持ってきた。
「これは?」
 ずっと衣服を触っていた南条の声には、追加された用事に対して辟易した響きがある。それでも、かつてに比べれば丸くなった方で、使用人はひとかけらも意に介した様子を見せない。
「こちらは今年着られる分の衣類です。昨年よりも身も心も大きくなられましたから」
「……そうか、すまんな」
 今しがた出してきた夏服の中でも、既に来年には着られないだろうと思われるものをいくつか捨てたのだ。さすがに押し返すわけにもいかず、やや不承不承に紙袋を受け取る。
 用を終えた使用人が退出した後、南条は紙袋を部屋の脇に置いて衣替えの続きを始めた。


 夜の訪れの早くなった季節にも関わらず、窓の外にはほんのり色付きかかった西日がまだ残っている。
 冬服の収納は、夏服の取り出しに比べてスムーズに進んだ。
 作業の速度が上がったのは、南条が衣替えの要領を掴んできたという理由だけではない。衣類ケースから出てくる冬服が、用途に関わりなくいずれも綺麗だったからだと、すぐに気がついた。
 クリーニングをかけた後で、急に気温が変わったときでもすぐ使えるように配慮して皺にならないようにたたみ直され、ケースから取り出しやすくされている。
 そして、衣服のすべてに例外なく施された『1』の刺繍は、衣替えの折にきちんと縫い直してあった。
 こんなところにまで亡き執事が心を尽くしてくれていたのだと、今になって知り、今なお彼からの愛に包まれていることを思い知る。
「――山岡」
 家族以上に大事な名を呼ぶと、目頭がうっすらと熱を持った。それをしばらくの間まぶたを伏せることでやり過ごし、南条は立ち上がる。
 先ほど使用人からもらった紙袋を持ち、中に入っていた服をそれぞれの場所へ仕舞う。
 新しい服に、『1』の刺繍はついていなかった。

移ろいゆく :2018/08/26
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