年頃の――自分も同い年でありながら、否、仲間内の誕生日で言えば遅い方になるのだが――女子が集まれば、やれ誰が格好いいだの、やれ誰と誰が交際しているだの、そんな取るに足らない話題ばかりで教室の日常を奏でている。
だが、彼女らと長く一緒にいるようになってからは、それまでずっと喧しく感じていた低程度の噂話も気にならなくなっていた。当然ながら、自身が話題に入ることはほぼないが、しかし疎ましいと跳ね除けることもない。
仲間と過ごす、というのは実に不思議な変化を生むものだと、南条はつくづく思う。
「あーっ!」
秋の行楽の計画でも立てていたのだろうか、女三人のうち、ファンシーな手帳を見ていた園村が、ガバッと音が出そうなほどの勢いで顔を上げた。同じく自分の手帳とにらめっこしていた綾瀬と桐島が、その大きな声に驚いて目をしばたかせる。
「南条くん、もうすぐお誕生日だね!」
「Really?」
「うん、ほら」
「あ~マジじゃん! お祝いしなきゃだね~!」
三人は、手帳の月間スケジュールを一枚めくって、10月のところを嬉しそうに指差している。そういえば以前、園村から手帳に書きたいからと誕生日を訊かれたことがあったな、と南条は思い出す。
「南条の誕生日って、2日だったのかよォ」
女子たちの後ろから顔を出した上杉が、ほぉ~と大げさな声を上げて、言った。稲葉も皆と同様に園村の手帳を覗き込み、意外そうに目を丸くする。
「へー、1日じゃねーのな! てっきり誕生日まで『1』なのかと思ってたぜー」
「さすがの南条サマのお力でも、誕生日までは変えられねーよなー。1日がよかったのに~って思ったことあっただろ?」
南条は、上杉の何気ない言葉に一瞬だけ瞠目し――すぐに窓の外、放課後の校庭へ視線を動かした。
「そうだな……。小さな頃は、自分の誕生日が『1』でないことを悔しがったものだ」
傾きかけた太陽が眼鏡に反射して、仲間からはその表情を明確に読み取ることはできない。だが、いつも『へ』の字に曲がっていることの多い口元からは、存外にも柔らかな声がこぼれた。だからだろう、上杉も横槍を入れることはせず、その続きをただ待った。
「10月はまだよかったが、2日というのが気に食わなくてな。家の者に、自分の誕生日の祝いは1日にしろと無理を言ったこともあった」
自分が1番でないことは許されない。だというのに、生まれた日が既に自分を『1』という数字から遠ざけている。それが、物心をついた頃の南条には理不尽でならなかった。もちろん、今ならばおかしいのは自分だと思えるのだが、子どもの頃の南条はそれを押し通した。
不幸だったのは、南条家の跡取りという彼の環境が、幼さゆえのその我が儘を通させてしまったことだ。
「いつからか俺の誕生パーティーは1日に行われるようになり……両親ですら、それを良しとした」
実の親ですら、誕生日プレゼントをパーティーのある1日に用意するようになった。――1日だろうが2日だろうが、多忙を極める両親が、そもそも手ずからそのプレゼントを息子に渡したことなどありはしなかったが。
「それじゃあ、今も1日にお祝いしているの?」
園村が、小首をかしげる。南条は目線をそちらに戻すと、ゆるりと首を横に振った。
「いや……。俺が10歳になったとき、家の者に、翌年からパーティーをするなら2日にしてくれと願い出た」
「ヘェ、そりゃ何でだ?」
「……1日にパーティーするように誰よりも心を砕いていた山岡が、なぜかプレゼントだけは必ず2日に渡すのだ。それをどうしてかと問い詰めたのが、10歳になった日の夜だった」
在りし日の山岡は、その問いに、静かな声で答えてみせた。
「ぼっちゃまのお誕生日は1日ではなく、2日でございますので」
「だが僕はいずれ日本一の男になるのだと、他でもないお前が……!」
齢10となった少年が、不機嫌を隠そうともせずに声を荒げる。老執事はその前に膝をつき、目線の位置を合わせることで、続く言葉を控えさせた。
「いいですか、圭ぼっちゃま。あなたはまだ日本一の男児ではありません。『1』を目指すそのお気持ちはご立派です。ですが、『1』以外の数を認め、受け入れられぬ男児は、決して日本一にはなれませんぞ」
悔しげに唇を噛むのを見ながら、べっ甲縁の眼鏡の奥で、細い目をことさら穏やかに細める。
「ぼっちゃまが2日にお生まれになったのは、常に『1』を目指せという、天命でございましょう」
その言葉は、まだ幼い少年の胸に突き刺さった。何より、
「この山岡、その日を心より楽しみにしております」
その日が来るのだと疑いもせずにいる山岡の存在が本当に誇らしく、嬉しかった――。
「それで、Partyも1日をやめましたのね。では、今年も2日に開催しますの?」
桐島に問われ、ふと一つの案が頭に浮かんだ。
厳しくも優しかった老執事はもうこの世にいないが、自分の誕生日を心から祝ってくれる者が彼以外にもいるではないか。ならば、彼らをパーティーに招待してはどうだろうか、と。
しかし、友人を家に招くという行為が、南条にとって初めてのことだった。切り出し方がわからず、何度も咳払いをしてから、重大な告白でもするかのように声を絞り出す。
「……その、今年は……お前たちも、我が家に来て参加してはどうかと、思ったのだが……」
そこまで言うと、仲間たちから一斉に歓声が上がった。
「やったぁ、行く行く~!」
「おれ様が行かないなんて、そんなパーティーが盛り下がっちまうことするわけナイっしょ!」
「ドレスなんて持ってないよぉ~、買いに行かなきゃ!」
「Ayase、私も一緒に行きますわ」
「親父のスーツ、オレでも着れっかなあ……」
女三人に男二人が加わって、先ほどよりも一層かしましくなった。だが、喜んでもらえたことが、素直に嬉しい。今この場にいないメンバーにも、後ほど声をかけなくては、と眼鏡をかけ直す。
「ここ、予定空けとくね!」
大きな星マークが書き込まれた、園村の手帳の10月2日。それをくすぐったい思いで眺め、南条は再び窓の外を見やる。
今年の誕生日は賑やかになりそうだな、と。
先ほどよりも色濃くなった夕焼け空を見つめながら、心の海へ向かって、そっと語りかけた。