広大なパーティー会場の強いライトに照らされて、かすかに色のついたシャンパンの泡がきらめきながら踊っている。今日のために仕立てたスーツをスマートに着こなした神取は、細長いシャンパングラスを指先で摘んで、悠然と会場の真ん中を歩いた。
 彼の道筋から、モーゼの海割さながらさっと人が退き、目の前が拓ける。遠慮をすることもなく、そのランウェイのような道を闊歩すると、横に避けた人々が称賛の眼差しや祝福の声を投げかけてくる。神取は、それらひとつひとつに丁寧な会釈を返した。
 大晦日である今夜は、毎年恒例の納会という名の社内パーティーだった。
 佐伯グループの佐伯会長が昔から行っているこの納会、今年は、現在建設中の御影支社を神取に任せるという内示を、オープニングにて発表する段取りが一ヶ月ほど前から組まれていた。だからこそ、毎年納会のためにオーダーするスーツも、例年より値の張るものにしている。
「神取君、大出世じゃないか!」
「まだ三十路にもならないというのに、大したものだ」
 納会のオープニング後、一通り幹部たちとの挨拶を終えた役員たちが、神取へ声をかけてくる。
「佐伯会長が、若輩者の私にチャンスを与えてくださったのですよ。ご期待に沿えるよう、頑張っていきます」
 口角を穏やかに上げ、真摯に返す。役員たちはその態度が気に入ったのだろう、口々に褒め称える。神取は、そんな会社の先輩であり、人生の先輩でもある彼らと歓談しながら、パーティーに興じた。

 ホテルの大広間で行われているパーティーは、まだ続いている。その上階、ホテルの一室に戻った神取は、ドアが閉じるなり細く長い息を吐き出した。
 人よりも早めに会場を後にする若い支社長を、グループの人間は「緊張して、酔いが回ったのでしょう」、「今、体を壊されては困るからな、ゆっくりと休むといい」などと前向きに受け止め、送り出した。
「ありがとうございます、そうさせていただきます」
 殊勝な態度から一転、きびすを返した次の瞬間には冷めた眼差しを浮かべていることなど、会場の誰も想像だにしなかっただろう。
 部屋に戻った神取は明かりを点けもせず、大股で奥へと向かう。その道すがら乱雑に蝶ネクタイを引き抜き、オーダースーツのジャケットを脱ぎ、まるで棄てるように床へ投げた。
 神取にとって、この納会は面倒で古臭い慣例以外の何物でもなかった。コネクションを作るという意味で参加をしているだけで、それがなければ時間の無駄でしかない。
「くだらんな」
 吐き捨てる声は、先ほどとは打って変わり、低く、無感情だ。
 異例の若さによる支社長就任も、自身への称賛の声も、祝福の拍手も、老輩からのアドバイスも、何もかもがくだらない。
 なぜなら――自分以上に優秀な人間など、この会社には、この世界には、いないのだから。
「まだだ、俺にはまだ上がある。……愚かな世界を支配する男となるのだ」
 誂えたスーツを踏みにじって、窓へと歩み寄せる。
 外を眺めれば、様々な色のネオンサインが明滅している。それを睥睨するように見下ろせば、暗い部屋の中、窓ガラスにはほの昏い顔が映し出された。
 遠くから、新たな年を迎えるカウントダウンが聞こえている。
 再びくだらないと鼻白んだ神取の背後の闇――まだ出会いを果たしていない邪神が、同じ嘲笑を浮かべて、破滅への触手を揺らめかせていた。

BLACKNESS :2020/01/13
マシュマロでいただいた「パーティーでの接待後、自室に戻って無表情になる神取(概略)」というメッセージを元ネタにさせていただきました。
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