10日後に死ぬ老執事|02
しかし、出産を終えたことがわかって一安心こそしたものの、まだ母子の姿をこの目で確かめたわけではない。執事が落ち着きなく寝室のすぐ外の通路を行ったり来たりしていると、ややあって二人いる助産師のうちの一人が部屋から出てきた。逸る気持ちを隠そうともせず向けた視線に気づいた助産師によって、ようやく入室の許可が告げられた。
寝室に入るや否や、赤子の声はまた一段と力強さを増す。ベッドに横臥したままの夫人が、お産直後という状態にも関わらず、入ってきた執事を見て微笑む。
「立ち会ってくれて……ありがとう」
「ご出産おめでとうございます。奥様もお子様もよくぞご無事で……」
本当はすぐにでも近寄って様子を見たい気持ちがあったが、餅は餅屋だ。男である自分より、助産師に任せるべきだろうと判断して、執事は扉近くから応じた。
夫人は助産師に上半身を起こす手伝いをしてもらうと、執事を手招く。
「ねえ、こちらへ来て、息子を抱いてあげてくれる?」
赤子の泣き声の合間、まだ弱々しい笑みのまま言われた言葉に、執事は手と首を大きく横に振った。
「そ、そのようなこと、滅相もない! 旦那様もまだお見えになっていませんのに……」
「いいえ。これから誰よりもこの子の傍にいてもらうのだから、あなたに抱いてもらいたいの」
夫人からそう言われては、執事として強く断るわけにはいかない。
ベッドサイドのベビーベッドにそうっと近寄る。世話をしていた助産師に場所を譲られると、ベッドの中がよく見えるようになった。
「おお……この子が、南条家の……」
赤子とはよく言ったものだ。オートクチュールのセレモニードレスにくるまれた赤子は、顔を真っ赤にして泣いている。
「私たちは家を空けることが多いから、きっと寂しい思いをさせるのでしょうね……。でも、あなたがいれば安心だわ」
助産師が手を添え、執事は慣れない手つきで小さな赤子を抱いた。
今にも壊れそうに小さく、けれど、自身の存在を主張するように、その身を震わせてたくましく泣いている。
――ああ、なんと愛おしいことか。
両腕に抱く重みは、南条家に仕える執事としての役割や責任や義務などではなく、確かな愛おしさだった。
「この山岡、圭ぼっちゃまを立派な男児に育ててみせますとも。必ずや、日本一の男児に」
まだ産まれたばかりのこの子を、自身の命に代えても――否、死しても護り続けるのだと、この日に誓ったのだった。