10日後に死ぬ老執事
01
普段は温厚に細められている瞳が、長く白い眉に隠れて鋭く開かれた。老執事は、徐々に狭まってくる屍たちとの間合いの中、何よりも大事な少年のことを案じていた。
02
「おお……この子が、南条家の……」赤子とはよく言ったものだ。オートクチュールのセレモニードレスにくるまれた赤子は、顔を真っ赤にして泣いている。
03
「……そうか」少ししてからそう呟くと、唇を一文字に結び、眼鏡を外して涙を拭った。
「やまおか、ぼくを強いおとこにしてくれ。もう二度と泣くことのない、強いおとこに」
04
「さて、ぼっちゃま。南条家には、代々継がれてきた剣術がございます」離れの入り口を前に、膝をつく。表情を真摯に引き締めると、彼もまた、真剣な顔で視線を返してきた。
05
何か弁明があったのかもしれない。だが、執事はそれに耳を貸さなかった。片方の手袋を外しながら、大きな歩幅で近寄る。次の瞬間――パァン、と。神聖な道場に、頬を叩く音が高らかと響いた。
06
彼の成長に感激する思いと――手を離れていく実感が、ひしと胸を打った。わずかに潤む視界の中、執事は白い肌着に、名前と彼の大好きな『1』の数字を黒糸で刺繍していく。そうして三枚目の作業を終えた頃、部屋の入り口にかすかな気配を感じてそちらを向いた。
07
眼鏡をかけた主人の目を見て、真剣に問いかける。しばらく黙って視線を合わせ続けると、彼は諦めたように眉尻を下げた。「……けんかをした」
08
一つの写真立てを、手に取る。写真には、まだおくるみに巻かれた赤子の頃の主人と、椅子に座って彼を抱く母親、その横に立つ父親の三人が写っていた。
09
桜を眺める表情は、穏やかだ。つい先ほどまで進級式に参列していたときとは違い、肩の力がずいぶんと抜けている。それでも、いつの間にか身長を追い抜かされて見上げる形となったその横顔からは、少年の面影が失われつつあった。10
泣いていた。気位の高い彼が、目を真っ赤にして、声を震わせて泣いていた。あの日とは逆で、死にゆく自分が抱えられて――けれど、生を叫ぶように泣いているのは、やはり彼の方だった。10+『1』
持ち主であった彼は、血の繋がりがなくとも家族であり、親子であり、生きる道に光を照らし続けてくれる存在だった。そして、彼の教えや愛情は、これからもずっと自分の心に生き続けていくのだ。2020/06/21開始
2020/09/20完結
2020/11/06掲載
女神異聞録ペルソナ24周年を記念して
2020/09/20完結
2020/11/06掲載
女神異聞録ペルソナ24周年を記念して