10日後に死ぬ老執事|05
幼いながらも自分に託された将来への責任感を持ち、かといって血筋や家柄に甘んじることなく研鑽を積んでいくことができる。自らが努力を重ねる分、努力しない者を下に見る嫌いはあったが、自身が富裕層だからと人を生まれた環境で差別することもなく、いたずらに自分の生まれを誇示することもない。
学問、運動、常識、情操――どれも目を見張る速度で吸収し、実践できるだけの能力がある。
だからなのだろう。
子どもらしからぬ利口さの中に歳相応の興味や関心が隠れていることや、時として、その好奇心を満たすために子どもが驚くほどの行動力を発揮するという単純なことを、大人が見逃してしまったのは。
「ぼっちゃまが……いない?!」
ある日、執事が短い外出から帰ると、大慌てで給仕が駆けてきた。曰く、庭で遊んでいたはずの姿が見えなくなったのだという。
セキュリティー上、敷地の外へ出ていくことは難しい。ならば、敷地内にいるのは確かだろう。
子どもの隠れられそうな場所を中心に、手分けして捜索するよう指示を出す。どこか木の上に登ったままなのではないか、使われていない部屋に入ってはいないか、クローゼットなど自力で出られない場所に閉じ込められてはいないか、丁寧に捜していく。
「ぼっちゃま! ぼっちゃま~! どこにおられるのですか、ぼっちゃま~!」
指示を出しながら執事自身も主人を捜すが、なかなか見つからない。その中で、一つの可能性にふと思い当たった。
今、彼が一番関心のあることは、おそらく――
頭にそう浮かんだときには、既に足が道場へと向いていた。
駆けつけると、正面の入り口には鍵がかかっていた。だが、執事はここに彼がいるという確信があった。鍵を開け、中に踏み込む。
「ぼっちゃま!」
「や、やまおか?!」
道場内には、やはり真剣を手に持った主人がいた。幼い顔に驚きを目いっぱい浮かべ、ばつが悪そうに刀を身体の後ろへ隠す。
「やまおか、ぼくは、」
何か弁明があったのかもしれない。だが、執事はそれに耳を貸さなかった。片方の手袋を外しながら、大きな歩幅で近寄る。
次の瞬間――パァン、と。神聖な道場に、頬を叩く音が高らかと響いた。
「自らを律することのできぬ者に、強さを手にする資格はございませんぞ、ぼっちゃま」
執事は、主人が生まれてから初めて彼に手を上げ、彼は、生まれて初めて人から叩かれた。
幼い瞳に、じわりと涙が溜まっていく。しかし、意志の強い瞳はそのまま執事の目を見据え、ぐっと唇を噛んだ。おそらくこみ上げる嗚咽を我慢しているのだろう、噛み締める唇は、小刻みに震えていた。
執事は、黙って待った。
例え子どもであれ、彼は次期総帥である。
自身の行動を省み、心に整理をつけ、現状を把握し、どうすればいいかを考える必要がある。そして彼には、そうすることのできる利口さがあるのだ。
そうして長い時間、二人は沈黙のまま目だけを合わせ続けていたが、涙をなんとか堪えた頃、幼い主人が一度、視線を床へ落とした。後ろへ隠していた刀を執事に向かって差し出しながら、再び目を見る。
「ぼくが……わるかった……」
弱々しい声だが、自らの過ちを確かに認める。その主人を、執事は――思い切り、抱き寄せた。
「ご無事で……ぼっちゃまがご無事で、本当に、よかった……!」
刀が足元に落ちる。小さな手が、執事の震える背中にしがみつく。幼いまなじりからついに涙が落ちると、執事もまたおいおいと泣いた。
広い道場の中で抱き合う二人は、真実、家族のようだった。